2014年05月31日

あらゆる功労者が祝福を受けるべき日 あらゆる功労者が祝福を受けるべき日

kajikuri.jpg統一教会
 第9代会長 梶栗玄太郎
 <Today's World JAPAN 2012年天暦7月号>

  このメッセージは、六月三日、群馬県片品村の統一教会尾瀬霊園で行われた第三十回「全日本聖和祝祭」で主礼の梶栗玄太郎会長が語った内容を整理したものです。
(文責・編集部)

 初期のころ、小宮山嘉一という有名な男がいました。彼は「立体球形授受原理」。(笑い)笑いが出ていますが、「荒唐無稽なことを言う男だ」と私もそう思っていました。

 ところが、長い時間を経て、私が南米にいるときに考えたことがあります。

 「神のみ旨は四位基台の完成である」というみ言がありますが、その四位基台というのは、「神様と主体、対象、合性体、この四つの位置が確定されて、互いに円満な授受作用をすれば、変わることのない力の基盤ができる。これを四位基台と説明されている。なのに、なぜ『原理』を勉強した小宮山嘉一が立体球形授受原理と言ったのか?」と考えたのです。
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2014年05月24日

「真の万物の日」の意義について

文鮮明師.jpg統一教会
創始者 文鮮明
<光言社刊「真の父母様の生涯路程C」より>

第四章 真の御父母様の聖婚と第一次七年路程
六 「万物の日」制定と献貢式

「万物の日」制定(一九六三・六・二一〔陰暦五・一〕)
 天地、万物を造ってくださった神様に蕩減基金を捧げるのです。しかし、聖別して捧げなければなりません。アブラハムは供え物を捧げる時、鳩一羽を裂かずに、すべてを失敗しました。天地がすべて回ったのです。アブラハムが三つの供え物を誤って捧げることにより、すべてのものが落ちたのです。

 今回、私たちがすることの中には、もろもろの役事があることでしょう。血を売る人もいるだろうし、あらゆる苦労をしながら商売をする人もいることでしょう。今後、そのような役事があるはずです。皆さん自身がそのようにできない時には、恨になるのです。そのような役事を見るたびに、涙を流す立場に立たなければなりません。

 宇宙的な理念を中心としたみ旨というからには、その理念圏内に立った父母を中心とした一つの兄弟、そのような兄弟を中心とした一つの家庭、そのような家庭を基盤にした天宙が必要なのです。それで万物復帰のその一日を制定したのです。

 完全復帰のためには本来、万物の祭物時代、子女の祭物時代、父母の祭物時代を経なくてはなりません。ところが、アダムとエバが神様を裏切ったあとは、ただの一度も父母の立場から供え物を捧げたことがありませんでした。
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2014年05月17日

第四十一回「真の万物の日」の御言

文鮮明師.jpg統一教会
 創始者 文鮮明
 「ファミリー」2003年7月号掲載

天一国三(二〇〇三)年五月三十一日(陰暦五月一日)
米国・ワシントンDC近郊 シェラトン・ナショナルホテル

 去る五月三十一日、第四十一回「真の万物の日」の敬礼式と記念礼拝を兼ねた記念行事が、米国・ワシントンDC近郊のシェラトン・ナショナルホテルで、午前七時から行われました。

 この日の記念行事には、約五百人の参加者が詰めかけ、郭錠煥先生による第一回「(真の)万物の日」のみ言の訓読の後、真のお父様が約一時間にわたって、み言を語られました。

 これは、そのみ言を翻訳し、編集・整理したものです。 (文責・編集部)


 特に、きょうの「(真の)万物の日」は、意義のある日だと思います。きょうのみ言の内容は、今から何年前のものですか? 四十二年前です。四十三年の峠を越えれば、世の中に、光明の輝きが訪れる時代に入っていきます。


真の愛の主人が収穫の主人

 今日の世界の複雑な問題は、ある一時に、収穫期がなければなりません。また、世界に広がっているさまざまな善なるものも、すべて収穫期がなければなりません。

 それでは、善と悪を一緒に収穫することができるでしょうか? できません。悪は、収穫することができません。善のみを収穫することができるのです。

 天の善であられるご主人が創られた基盤の上で育っているすべての万物は、善なる主人のものです。ですから、善なる主人だけが収穫できるということは理論的です。異見がありません。

 その中で、善ではない、いかなるものが主張したとしても、それはすべて流れていき、収穫する資格がないのです。
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2014年05月10日

メシヤと共に歩む

石尾.jpg統一教会
石尾豪志
 <2012 夏季 牧会者説教集 P.87~90>

聖書拝読:マルコによる福音書16章
 2000年前に直接メシヤに侍った弟子たちの歩みは、現代に生きる私たちの持つべき信仰姿勢に大きな教訓を残しています。その教訓を生かし、より素晴らしい信仰生活を送るために、マルコによる福音書の16章を読んでみましょう。この章で語られている場面、つまり、イエス様の死後、意気消沈していた弟子たちが集まって食事をしていた最中に、復活したイエス様が現れた時、弟子たちは何を思ったか、について考えてみましょう。

 イエス様の十字架上での死後、弟子たちはどんな思いで過ごしていたでしょうか? 今でこそ、イエス様が神の子であることを世界中の大半の人々が信じていますが、2000年前のユダヤでは、イエス様は罪人の親分として死刑になったのでした。ですから、弟子たちもイエス様の弟子であったことが分かってしまうと殺される危険性さえありました。したがって、イエス様の十字架の直後、弟子たちは「イエス様が生きておられた時に、もっとしっかりと侍っていればよかった」というような強い悔い改めの思いよりは、「イエス様の信徒であったことが分かって殺されないか」と恐れたり、今後の生活を心配したり、そんな個人的な事情ばかりを思っては途方に暮れていたのです。


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2014年05月03日

二つの石板と真の父母

藤田敬三.jpg統一教会
 藤田 敬三
 <2012 春季 牧会者説教集 P.128~134>

訓読:『天聖経』p.175〜177、「真の父母」より
 「イスラエル民族を荒野で導くとき、火の柱と雲の柱がありました。昼に導くのが雲の柱で、夜に導くのが火の柱でした。それは何を意味するのでしょうか。男女を代表して『終わりの日』に父母が来て、イスラエル民族から侍られるのを象徴的に見せてくれたのです。この火の柱と雲の柱の導きに従わない人は、みな滅亡するのです。

 また、イスラエル民族が荒野に出て40年間さすらい、方向をつかめずにいるので、神様はその民族が滅亡するのを心配して、モーセをシナイ山に呼び上げて、40日断食をさせ、二つの石板を与えました。それは、アダムとエバ、真の父母を象徴するのです。

 契約の箱の中に、どうして二つの石板を入れたのでしょうか。二つの石板は、神様のみ旨を終結できる中心としてのアダム、エバを象徴したのです。それで、契約の箱の中に入れたのです。

 我々の願いとは何でしょうか。神様は縦的な父母であり、アダムとエバは横的な父母ですが、縦横の父母が一つになって喜び得る場において、愛され得る息子、娘になるのです。ところで、そのようにできなかったのが恨です。そのような愛を一度受けてみたいという熱望をみなもっているというのです。宗教も全部そのようなものです。

 縦的な神様と横的な面で一つになって、愛し得る父母がこの地上にいたでしょうか。いませんでした。人類の初めの先祖が堕落したために、偽りの父母になりました。アダムとエバが偽りの父母になったために、そのような父母がいませんでした。それで、真の父母が出てこなければなりません。真の父母が歴史上に出てこなければならないのです。

 そのような歴史的使命を代行する一つの名詞をかぶせて呼ぶ、その存在とは誰でしょうか。これが『救世主』という存在であり、『メシヤ』という存在です。救ってあげるには、何を救ってあげるのですか。体を救ってあげるのではなく、理想的な愛の願いを成してくれるのです。そうするには、どのようにしなければならないでしょうか。

 その救いを成してあげるには、メシヤはどのような存在として来なければならないでしょうか。間違いなく、真の父母として来なければなりません。メシヤは、真の父母として来なければなりません。イエス様を、キリスト教ではメシヤ、救世主として信じます。真の父母として来るには、どのように来なければならないでしょうか。一人では駄目なのです。真なる父に代わり得る、一人の男性として出てこなければなりません。

 今まで、数多くの宗教は、一人の男性を探してきたのです。男性の中でも、生活をよくする男性を探してきたのが儒教の教えだと見ることができ、霊界を主にした男性を探してきたのが仏教の教えだと見ることができるのです。

 では、キリスト教とは何でしょうか。神様の息子になって、愛する家庭をつくろうというのです。もっと具体的な内容をもって来たのがキリスト教です。それゆえ、神様の前において、『私はひとり子だ』とイエス様が言われたのです。

 ひとり子が出てきたのに、ひとり子が一人で暮らしたなら大変です。ひとり娘がいなければなりません。それで、ひとり娘を探して、神様を中心として、ひとり子とひとり娘が互いに好む場で結婚しなければならないのです。それで、神様が縦的な父母として喜び、その神様のひとり子とひとり娘が横的な父母として喜び得る新郎新婦になって、地上で息子、娘を生まなければなりません。そうしてこそ初めて、一族が広がり始めるのです。

 それゆえ、イエス様においてイスラエルの国に背いてでも、ユダヤ教に背いてでも一番必要としたのがありましたが、それは何だったのでしょうか。正に女性です。男性の前に女性がいなくてはなりません。イエス様は、そのみ旨を成せなかったために死んでいきながら、『私は新郎であり、あなた方は新婦だ』と言ったのです。こうして、キリスト教では2000年間、新郎であられるイエス様を待ち、キリスト教信者たちが新婦になろうと、もがいてきたのです。その標準とは何でしょうか。それがメシヤですが、真なる父母の位置を持って合わせるのです。それが『小羊の婚宴』です」


 先ほど訓読したみ言は「二つの石板と真の父母」という題目ですが、これがきょうの説教の題目となります。


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2014年04月26日

苦しみを喜びとして変えてくださる神様

鄭 成鎬.jpg統一教会
 鄭 成鎬
 <2012年 秋季 牧会者説教集 P.94~96>

聖書拝読:出エジプト記15章22〜25節
 「さて、モーセはイスラエルを紅海から旅立たせた。彼らはシュルの荒野に入り、3日のあいだ荒野を歩いたが、水を得なかった。彼らはメラに着いたが、メラの水は苦くて飲むことができなかった。それで、その所の名はメラと呼ばれた。ときに、民はモーセにつぶやいて言った、『わたしたちは何を飲むのですか』。モーセは主に叫んだ。主は彼に一本の木を示されたので、それを水に投げ入れると、水は甘くなった」

 きょうの説教のタイトルは「苦しみを喜びとして変えてくださる神様」です。今まで、私たちはみ旨の道を歩みながら、喜び感謝することもありましたが、逆に苦しみ苦痛を感じてきたことも多くあったと思います。信仰を持っている私たちも、信仰を持っていない人たちも、同じように、生きていくうえで多くの苦痛を感じています。しかし、その苦痛を喜びとして感じられる人もいれば、挫折したり、自殺したりする人もいます。どうして、そのようになるのでしょうか。

 簡単に言えば、その苦痛に対しての受け止め方が違うのです。人が成長したり、成功していくためには、苦痛に対してどのように受け止めていくかということがとても重要になってきます。

 その一つの答えが聖書の中に見いだせます。出エジプト記15章22〜25節を見てみましょう。
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2014年04月19日

真なる人間の生き方

山本安彦.JPG統一教会
 山本安彦
 <2011年 春季 牧会者説教集 P.132~136>

さる2011年3月11日、東日本においてマグニチュード9.0という国内観測史上最大規模の大震災が発生しました。

 このような大惨事の中にあって、世界中の人々から温かい励ましの心が日本に届けられました。特に、被災地の中で、家族を置いて、まず人々を救出するために、身を捧げていった日本人の公的精神と、ために生きる団結心に対して、世界で感動と称賛の声が報道されました。

 家族の安否確認をあとに回して、公務を優先し、犠牲になっていった人々の姿に、人種、国籍を超えて、世界中の人々が感動するのはなぜでしょうか? それは、そこに「真なる人間の生き方」の手掛かりがあるからだと思います。

 さて、人を感動させる生き方、それは現在に始まったものではなく、過去の歴史の中に、あるいは伝説の中に、命を捧げて、ために生きた忠臣、義人が数多く語り継がれています。

 私が以前お参りしたことのあるお寺には、忠孝を捧げた父と子のお墓があり、その親子の伝説がありました。


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2014年04月12日

真の父母様に精誠を捧げよう

金滿辰統一教会
 金滿辰
 <2011 春季 牧会者説教集>

 きょうは35、6年前のことが思い出されます。私が小学校2、3年生の頃でしょうか。私は礼拝堂に行って賛美歌を歌い、「主キリスト・イエス様、変わらない心情を持って変わらない信仰を持っていきます」と約束しました。そのことが、先ほど賛美歌を聴きながら思い出され、涙が出ました。感動を受けました。ありがとうございます。
 長崎の地は、クリスチャンの香りがあり、26聖人がいらっしゃる所だと思いました。賛美歌を聞きながら、「金滿辰、あなたは絶対に変わらない心情を持って頑張ってくれ」という声を聞いたように感じます。賛美歌を聴きながら、もう一度、神様と真の父母様に約束しました。


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2014年04月05日

孝子の道理を果たす私自身、私の家庭となろう

徳野英治統一教会
 第13代会長 徳野英治
 <Today's World JAPAN 2014天暦2月号>

二〇一四年は霊界が直接真のお父様を証しする年

 天一国基元節一周年を前後してさまざまな祝賀行事が行われ、いずれも大成功のうちに幕を閉じました。真のお母様は大変お喜びになり、いろいろな場で激励のみ言を語ってくださいました。そのようすは各機関誌や映像を通して報道されていきますので、参加できなかった人も、それらを通して恩恵を受けて、新しい出発をしていただきたいと思います。

 きょうは大きく二つのテーマでお話しします。

 第一のテーマは、「霊界からの証しや霊的現象について」です。最近話題になっている霊界の証しを二つ紹介します。

 一つは、アメリカのジュアン・ケネディ牧師(ウィスコンシン州ミルウォーキーのプロテスタント教会)の臨死体験です。これは、真のお父様が聖和される前の話です。


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2014年03月28日

ビジョン二〇二〇から見た天一国実体時代における祝福中心家庭の使命と責任

4529_02.jpg統一教会
 全国祝福家庭総連合会 総会長 宋 龍天
 <Today'sWorld JAPAN 2014年天暦2月号 P.12~17>

今、何よりも重要なこと

 二〇一三年一月二十四日、日本の全国祝福家庭総連合会総会長として就任してから、既に一年二か月が過ぎました。まず、不足な私を信じ、二〇一三年を共に力強く走ってくださった指導者と食口の皆様に、深く感謝申し上げます。

 昨年初め、真の父母様は私たち統一家に、ビジョン二〇二〇を通して「希望に満ちたW未来Wを準備しなければならない」というメッセージを下さいました。ビジョン二〇二〇は、日本統一運動にとって日照りに降る恵みの雨のようなものです。皆が共感し、共に挑戦したいと思う共通の「ビジョン」を樹立して進んでいくことが、日本統一運動にとって何よりも重要なことだと思います。

 私たちが願うこと、成すべきこと、なるべき姿をはっきりとさせることが、ビジョンを立てるということです。目に見える目的地を確実に定めるのです。私たちはどこへ行かなければならず、現在どこに向かっているのかが正確に分からなければ、結局、私たちは願っていた所とは全く違う場所に到着することになるでしょう。

 私たちがもし、何か願うものを確実に得ようとするなら、それを心の中に正確に描くことができなければなりません。想像できないことは試みることもできず、試みることができないことは決して成就できないからです。

 建物を設計する人は、工事前でも完成した建物の姿を目にすることができます。このように、ビジョンの視覚化は、日本統一運動の成功した未来の姿を心の中で想像することによって肯定的な自己暗示をもたらし、その実現の可能性を高めてくれるのです。


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