2014年08月23日

お父様の代身者となろう

世界平和統一家庭連合
 総裁 韓鶴子

 「真の母のまなざし」より

一九八四年七月二十一日、お父様がダンベリーにたたれた翌日、ニューヨーク、イースト・ガーデンで語られたみ言

刑務所の面会室でお会いしたお父様

 出発される最後の瞬間まで、幹部や食口たち全体を集めて語られたお父様のみ言を、皆さんはすべて聞かれたと思います。

 きのう、たたれる直前に、御自分が起居されていた部屋の中を見回しながら、過去を回想するかのように、手あかのついたもの一つ一つを、真心を込めてなでてから出てこられました。お父様は淡々とした姿勢を見せてくださいましたが、妻である私は平然であろうと努めたのですけれども、そうできませんでした。私がお父様をお慰めしなければならなかったのですが、かえって私がお父様に慰めを受けたのです。そのようにお父様を送るしかなかった私自身の無力さを、限りなく切なく思いました。

 きょうは早くから、子供たちと一緒にお父様に面会に行きました。お父様に会って二時間ほどたつと、そこの看守の責任者が来て、「十二時を過ぎたら出ていってください」と言い残していきました。ちょうどその時、お父様にどうしてもお昼を召し上がっていただかなければならないと思って、「サンドイッチを差し入れてもよろしいですか」と尋ねました。すると「そうしなさい」ということでした。孝進にサンドイッチを買ってきてもらい、お父様に差し上げました。
 そうすると、きょう一日はお父様がなさることが何もありませんでした。そこであまり早く帰るのも良くないと思い、三人の子供は先に帰したのです。そこの人たちがお父様に話があるということで、「席を外してください」と言われました。「隅のほうで待っていてもよろしいですか」と孝進を通して尋ねると、「そうしなさい」ということでした。

 私はお父様のそばを離れたくないので、どんどんドリンクを買って飲んだり、電話をかけるために小銭に替えたりしながら、時間を引き延ばしました。そのように、わざと時間を長引かせたのです。

 お父様はサンドイッチを召し上がりながらも「神山が一人で長く待っているだろうに、これを私一人で食べようとしても、のどを通らない」と神山氏のことを考えられました。それで私は「神山さんは、あす面会がありますから、心配なさらずに召し上がってください」と申し上げました。

 そうしている間にケース・マネージャーが来たというので、その人に会いました。入所した人たちは誰もが仕事をしなければならないようです。お父様も仕事をしなければならないのですが、工場のような所に行くようになれば、このように面会に来て奪われる時間を補充勤務しなければならないというのです。また、そこに行くことを願う人が二十人以上待機しているので、お父様がそこの勤務を願って配属されることになれば、順番を待っている人が不平を言うようになりますから、かえってそこでは良くないだろうという話でした。

 もし工場に勤務するようになれば、面会時間を多くもつことはできないだろうというのです。ですから、その人が考えるには、かえって建物周辺のごみを拾う掃除夫や、庭師のような仕事がいいだろうということでした。そこでは、八時間仕事をすればいいことになっているので、短い時間に受け持った仕事をやってしまえる仕事にしたらどうかと尋ねるのです。受け持った仕事を早く終わらせて、自由時間を多くもつほうがよいのではないかと、いろいろな面で便宜を図ろうと努力してくださいました。親切で有り難い人だと思いました。

 その人たちは、お父様が来られる前にもいろいろと考えて、「普通の人とは違うと思うし、よく仕えなければならない」と思っているように見えました。それでも彼らの中にはお父様に対して偏見をもった人がいるかもしれませんから、心配になります。


お父様と苦難を共にした子女たち

 しばらくして、私たちに来るように言いました。お父様のために一人の息子が霊界で積極的に保護してくれていることを考えると、少しは安心しました。またお父様は、今イースト・ガーデンにいらっしゃらないのですが、孝進がお父様の代わりに責任をもつ立場で私たちによく侍ってくれますし、「自分の本分を尽くします」と何度も言いながら「心配なさらず、お元気でいてください」とお父様を慰める時、本当にうれしく思いました。

 私自身、一つ希望的に思えるのは、それが法的にどのようになるかはよく分かりませんが、三カ月後には仮釈放が可能になるようです。

 そのため、仮釈放が可能であるかどうかについての最初の対話が、すぐにもたれるようです。部署の人がそのようなことを話し、「レバレンド・ムーンに対しての仮釈放問題が非常に重要で、関心ある問題になるであろう」と言いました。その時、そういういろいろな態度から見て、お父様に非常に協力的な人たちだという良い印象を受けました。

 お父様の服装は、私が「ハイヌーン(真昼の決闘)」を連想したり、またその映画で囚人たちの服装を見たとき、しま模様の服を上下に着ていたのですが、それをいつも心痛く思っていたのです。映画を観てもみんなそうなので、お父様にお会いしたらできる限り知らんふりをしようと思っていましたが、面会室に入ってこられるのを見ると、一緒に行ったマイク氏の表現では、お父様の服装はツナを獲るとき着用された服のようだと言いました。しかし私が見たところ、ちょうど訓練兵たちが着る作業服のような、カーキ色というより、ベージュ色のような作業服を着ていらっしゃいました。

 アメリカの人たちは、ズボンの中に上着を入れていましたが、お父様はズボンの上に上着を出しておられました。ランニングシャツや下着などすべての衣服一切は、みんなそこで支給されたものを着用することになるようです。靴も見せてくださったのですが、それはとても濃いカーキ色でした。そして布で作ったもので底が少し薄いようでした。また靴のはき口がブーツ状に非常に高く上がっていたのです。

 そこで生活する人たちが出てくるのを見ると、服は囚人服でみんな同じ布ですが、靴は、ほとんど全員がスニーカーをはいていました。それでお父様にもそれを買ってさしあげればいいと思いましたが、すぐにはどうすることもできませんでした。


囚人番号をつけられたお父様

 そこに入所すると、一週間はオリエンテーションを受けるそうです。ところで他の人たち、入所して何カ月かたつ人たちを見ると、囚人番号がありません。ズボンの後ろのほうに番号があるのですが、頻繁に洗濯をするので、消えてしまって見えないのです。お父様は入所されて一日しかたっていないので、まだ番号をもらっていないようでした。お父様が囚人番号をつけて歩まれることを考えると、本当に申し訳なく思いました。いったいお父様に何の罪があって刑務所に入らなければならず、凶悪犯たちがつけて歩く囚人番号をつけなければならないのでしょうか……。

 何よりも心配されるのは、お父様がそこで生活する間に起こるかもしれない不慮の事故、すなわち身辺問題でした。いつも私が心配すると、お父様は心配するなとおっしゃいます。超然とした態度で、かえって私を安心させてくださるのです。お父様が寝泊まりされ、生活される部屋は、四、五十人くらいが起居することのできる所だそうです。現在は四十人余りが共に生活しているといいます。お父様は神山氏と一緒に、二段ベッドを使用されるようです。それは、そこの責任者の配慮があったからだそうです。

 お父様の隣のベッドで生活する人が朝来て、あいさつをしながら握手をしようとし、お互いにあいさつを交わしたそうです。ちょうど彼も夫人が面会に来ており、面会室に出てきたので、金氏がお父様と話をしている間に、その人としばらく話を交わすことができました。彼は私に「けさ、レバレンド・ムーンとあいさつしました。これから毎日一緒に運動をすることになり、レバレンド・ムーンのおなかの肉も減らしてあげようと思います。また英語も教えてあげましょう」と言ってくれたので、とても有り難く思いました。

 ところで英語の話が出ましたが、裁判を担当していた判事が、お父様がそこで生活する間に英語を教えてあげなさいと、特に言っていたそうです。それでお父様も、そこに入る時、英語の本を四冊持っていかれました。お父様の英語の勉強は、その人が了解して教えてあげるから、任せておきなさいというのです。


生き別れの痛みを踏み越えて

 今になって皆さんに話すのですが、お父様がダンベリーに出発される時は、本当に大きな挫折と痛みを味わいました。生き別れになると思うと、目の前が真っ暗になり、全身の力が一つ残らず抜けてしまいました。それでお父様に「私は本当にこんなになるとは夢にも思いませんでした。まさかお父様がダンベリーにまで行かれるとは思いもしなかったのですが、このように現実となってみると、私自身も今、どうすればよいか分かりません」という内容の話をせざるを得なかったのです。けれども、きょう一日、お父様が子供たちと対話されながら、「私は現実の中においても絶対に損害を受けないから、心配するな」と何度も言われるのを聞いて、多少は安心することができました。

 お父様は私に、「今なされることを見て、これからオンマー(お母さん)が感謝の祈祷を捧げなければならないだろう」とおっしゃいました。お父様のみ言の中には、苦難を勝利に変えてしまうという確固たる意志があり、かえってアメリカと世界が救援される道が開かれるであろうとおっしゃいました。

 皆さんにお願いしたいことは、何としても皆さんが心を一つにして、お父様が願っておられることを早く、そして大きく成功させ、お父様が理にかなって早い時期に出てこられるように、内的な祈祷はもちろんですが、外的な責任も果たしてくださることを心から願うものです。今私たちが行っている仕事に全心全力を尽くして、一日も早くお父様が喜びをもって帰ってこられる日をつくってさしあげなければならないと、何度も誓いながら帰ってきました。


受け持った仕事を完遂することが孝行の道

 特に皆さんが受け持った仕事に忠実で、大きく偉大な実績をたくさん積まれるようお願いいたします。全員がお父様のための祈祷時間を定めて実施していますが、本当は長男と一緒に断食祈祷をしたかったのです。しかし、お父様がそうするなと言われました。ただ日曜日は一緒に断食をしてもいいから、日曜日だけ断食をして、ほかの日は断食をしないようにと言われたのです。私が断食をするようになれば、お父様にかえって心配をおかけするかもしれないと思ったので「み言どおりに従います」と答えました。

 それで今、私の心情は混乱し、安定しないのです。人々は、私が言葉を話さなくても外柔内剛であるといいます。しかし私自身を振り返ってみるとき、私はまだ幼いようです。そして二十一年間、あまりにも大きな方の中で、直接責任をもたない立場で過ごしてきたといえます。

 現在皆さんに、内的な決意をすべて打ち明けることはできないのですが、その間、外的な面において私が目覚ましく活動したわけでもありませんから、皆さんが心を一つにして助けてくださらなければならないと思います。急に、一日にしてお父様の仕事を受け持とうとするのですから、心の準備もしなければなりませんし、少し時間をもちたいと思うのです。

 そしてこの期間には、子女たちを、お父様の立派な子女として教育したいと思います。特にお父様の願いもあったのですが、「孝進を教育する期間としなさい」というみ言がありました。また内的な面において直接判断して、教会の仕事やお父様がこれまで心血を注いで推進してこられた人類救援の事業に対して、すべての報告を聞き、対策を立てていこうと思います。

 常にお父様がいらっしゃる時と同じように、朝、皆さん、来てください。毎朝会って、相談する中で一日を出発し、なされたことに対して成果を検討しようと思います。面会に行く日は、できるだけお父様との時間を長くもつほうがよいと思います。ですから、そういう日には、皆さんが早く来てくださればと思います。きょうを過ごしてみると、すべてが心細く、私もお父様に代わって何かをしてさしあげなければならないという思いをもつようになりました。ですから皆さんの助けが絶対に必要です。今は私がすべてに神経を遣うことのできない立場にいますので、皆さんがそのような点において了解してくだされば有り難いと思います。

 皆さんが受け持った分野で責任を果たし、大きな実績を積むなら、お父様はダンベリーにおられても、多くの慰めを受けられることでしょう。またそれが子女の道理を果たすことであると思います。皆さんがお父様の代身者となって、お父様が喜ぶことのできる孝子、孝女となればと思います。ありがとうございました。


posted by ffwpu at 22:08| 統一教会牧会者説教 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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