能田一則
<原理復興会講話集1 P.88~91>
きょうは「祝福」ということでお話ししてみたいと思います。
統一教会で「祝福」と言えば、何を意味していますか? 「祝福」ということは、恵みがあるということですね。ブレッシング、すなわち結婚を指しています。
しかし本来は、祝福は神様の三大祝福すべてを意味します。「生めよ、ふえよ、地に満ちよ、地を従わせよ。また海の魚と空の鳥と地に動くすべての生き物とを治めよ」。第一祝福は個性完成。第二祝福は子女繁殖、家庭完成です。第三祝福は万物主管、天国完成です。
その神様の三大祝福を、結婚という意味での祝福、すなわち第二祝福、家庭完成を中心的に指しているのには訳があります。
親が子供を祝福するという場合、親のすべての家督を子供に相続させる、全財産を譲るということです。そのためには、親から見て、子供が立派だ、親の持っているものすべてをあげられると思われるようになることが必要です。
神様の祝福を受けるというのは、神様の全体、全般、全権、全能など、すべてを受け継ぐという意味です。神様の完全な似姿にならなければ、神様のすべてものを相続することはできません。神様の完全な似姿とは、夫婦一体となり、神の愛の実体対象となった姿です。
そのためには神様の戒めを命懸けで守る必要がありました。愛が未完成の段階では、善悪を知る木の実を決して取って食べてはいけないのです。すなわち愛の未完成段階では男女の性の関係を持ってはならないという戒めでした。
それでは、歴史を振り返ってみましょう。
神様はアダム・エバに祝福を与えられました。それは、神様の全体、全般、全権、全能の権能をアダム・エバに与えるという意味でした。その時、最大の愛の減少感を感じたのが天使長ルーシェルでした。それまでと変わらない神様の愛を受けていた天使長でしたが、自分以上に神様の愛を受けるアダムとエバを見たとき、愛に対する一種の減少感を感じたと『原理講論』には書かれています。
それは、天使長が、自分には神様の愛がおちょこでちょこちょこと注がれるのに、アダム・エバにはバケツをひっくり返したような土砂降りのように降り注がれるのを見て、愛の減少感を感じたということでしょうか? そうではないのではないでしょうか。
天使長は、神様の全権を相続するのは自分ではないということに、自分には相対がいないということに、寂しさを感じたのです。ですから、天使長が人間に近づいてくるのには理由がありました。アダム、エバを立派に育てていけば、神様が自分にも相対を与えてくださるかもしれないという望みがあったのです。そして、神様のように素晴らしくなりたいという思いがあったのです。
愛の減少感を感じて寂しく思っていた天使長は、美しく育ったエバから情の刺激を受けていきました。
相対が欲しい、神様のように素晴らしくなりたいという思いから、エバさえいれば、あとは何もいらない、死んでも構わないと思い、死を覚悟してエバを誘惑したのです。最初は神様の愛がもっと欲しいということでしたが、最後は神様の愛はいらない、エバの愛さえあれば何もいらないとなってしまったのです。
ここで恐ろしいのは、エバが霊的堕落をしてサタンを生んだということです。
神様は、アダムとエバが完成したなら、アダムとエバの心の中に入ります。そしてアダムとエバの結婚の時が、神様の結婚の時でした。天使長が、天使世界において占めていた愛の位置と同一の位置を人間世界に対してもそのまま保ちたいというところから、エバを誘惑するようになって霊的堕落したのです。それは、エバの愛を奪ったというだけでなく、アダムの位置を奪ったということになります。アダムは完成して神様と一体となるのですから、アダムを霊的に殺したということは、神様を殺してでもエバの愛さえあればよいというところまで行ったということです。
人類の悲劇は、ここに由来します。この天使長がサタンとなった、その時の動機、その血統を、エバを通して受け継いできているという事実です。
エバは、堕落したあとも天使長を慕い、初愛を忘れることができませんでした。そして、堕落したアダムを恨むようになったため、夫婦間が怨讐となったのです。
多くの人が平和を唱えているのに、実際は戦争に明け戦争に暮れています。それは天使長がサタンとなった時、神様の愛はいらないとなった時、神様を殺し、神様の平和理想を破壊する心が出てきたからです。
無神論と有神論という二通りの考え方があります。しかし、ここで恐ろしいのは、無神論・唯物論という考えは、神様を信じない、神様がいらないという段階で終わらないということです。神様の平和理想を破壊する共産主義思想になってしまうということです。アダム・エバが神様の戒め、み言を命懸けで守ったならば、神様のみ言の実体対象となり、神様の愛の実体となり、天使をも主管することができるはずでした。ところが、天使長の言葉に従ったため、神様のみ言よりも天使長のこの世の価値観(地位、名誉、財産)を重んじるようになり、その血統を受け継いだエバは魔性の女となったのです。その魔性がアダムを霊的に殺し、神様の息子からサタンの息子にしてしまい、またその魔性が息子のアベルを殺したのです。そしてエバも、本然の自分を殺してしまったのです。この魔性は、少しくらいあっても、「ま、しょうがない」というものではありません。少しでもあれば、すべてを破壊してしまうものです。ですから、即刻、「抹消」しないといけないのです。
しかし、私たちでは、こればかりはいかんともしがたいのです。なぜなら、父母から生まれた時、既にこの血統をもって生まれているからです。
したがって、神様の愛に根をもって生まれてきた方、そして、神様の愛を完成した方、真の父母様を迎えて、サタンの血統を根絶し、神様の血統に生み変えていただく、神様中心の結婚が重要です。それを「祝福」と言うのです。
「かわいさ余って憎さ百倍」とありますように、サタンから受け継いできた血統、私たちの心には、裏切られればすぐに憎しみに変わる、不信、不満、懐疑といったもの、殺傷、破壊といったものが渦巻いているのです。これでは結婚しても、神様の平和理想を成すどころか、「結婚は人生の墓場だ」と言われるように、地獄をつくるだけだったのです。
ですから神様の愛を受け継ぎ、生まれる動機から結婚の動機まで、すべてを神様を中心に成すのです。それが祝福なのです。
皆さん! 祝福を受け、私たちの先祖と子孫が神様の平和理想の恵みにあずかれるよう頑張ってまいりましょう!



