2013年01月05日

祝福結婚の価値

2・石巻・趙 康來.JPG統一教会
 趙 康來
<2012 秋季 牧会者説教集 P.58〜61>
訓読:『天聖経』「真の愛」第三章愛と結婚 3)祝福結婚式は神様の愛の伝授式p.395〜

 神様は人間始祖アダムとエバを創造して、三大祝福を与えられ、人間が天国をつくって喜びの生活をする姿を見て喜びたかったのです。そして人間が三大祝福を成し遂げるにあたり、責任分担を下さいました。神様の創造性を相続させたかったのです。その責任分担は、エデンの園の善悪を知る木の実を取って食べてはいけないという戒めを守ることでした。この戒めを人間が守ったときに、人間は三大祝福を完成し、地上天国をつくったのです。しかし、人間は善悪を知る木の実を取って食べて堕落し、万物よりも下の立場に堕ちてしまいました。そのような人間を救おうと、神様は長い間苦労の道を歩んでこられま
した。
 人間アダムとエバが個性完成の土台の上に神様を中心として結婚したならば、人間も神様も、どれほど幸せで平和の世界になったでしょうか。本来、結婚は、神様の創造理想を中心とした結婚でした。ここで祝福結婚について、その意義と価値を考えてみたいと思います。


1 原罪清算の意味
 人間が取って食べた善悪を知る木の実は、エバの愛であったということを、原理ははっきりと教えています。愛の神様なので、愛で人間をつくり、愛で成長してほしかったのです。この愛の問題を起こさないで人間が成長し完成したならば、アダムとエバは神様の愛を中心にして結婚し、善なる家庭をつくることができました。しかし、アダムとエバが愛の問題を起こして脱線することによって、神様の愛が破壊され、サタンを中心とする非原理的な偽りの愛の世界が始まりました。すなわち、アダムとエバが犯した愛は、真の愛ではなく不倫の愛であったのです。人間が犯した罪の根っこは淫乱の問題でした。この不倫の愛で天地をひっくり返してしまったのです。

 この問題を清算しなければ、人間が幸せになる道は永遠にありません。すなわち原罪清算をしてこそ、人間は永遠なる幸せをつかむことができます。その原罪清算は自分自身ではできません。必ず、メシヤを迎えなければなりません。堕落する直前の長成期完成級まではサタン分立路程を歩み、復帰した形をそなえた土台の上にメシヤを迎え、祝福を受けて重生することによって原罪を清算するようになります。メシヤとして来られた真の父母様による祝福を受けてこそ、人間は原罪を清算し、神様の愛と生命と血統に連結されるのです。祝福結婚こそ、原罪清算の道なのです。

2 神様の創造目的完成
 『天聖經』には「祝福は真の父母と真の子女が出会い、創造目的を成就することを意味します」と書かれています。神様の創造目的は三大祝福を成し遂げることです。「生めよ、ふえよ、地に満ちよ、地を従わせよ」という言葉がありますが、原理ではそれを個性完成、家庭完成、万物主管と言います。

 個性完成を成し遂げたとしても、完成した男女が結婚しない限り、神様の創造目的は成し遂げられません。男女が個性完成したら必ず、神様を中心として結婚しなければなりません。神様を中心に結婚して、子供を生んで、真なる愛の家庭を成し遂げたなら、そこから神様が臨在する氏族、民族、国家、世界が成し遂げられます。アダムとエバが善悪を知る木の実を取って食べないで個性完成、家庭完成を成し遂げたなら、神様の永遠なる平和と統一の理想世界、喜びの世界になったでしょう。神様がいつでも来られる家庭、神様と人間が一つになって愛し合っていく、そのような家庭、人類になったわけです。

 しかし、時ならぬ時に善悪を知る木の実を取って食べることによって、アダムとエバは、神様の真の愛を中心とした出発ではなく、サタンを中心とした非原理的な偽りの愛、不倫なる愛を中心とした出発をしてしまったのです。そして、長い年月にわたって神様と人類は多くの苦しみと恨ハンを持ってきたのです。

 したがって、失った創造理想を復帰するためには、祝福結婚を中心として、サタンを中心とした非原理的な愛の主管圏から神様を中心とした真の愛の主管圏を取り戻し、神様が人間を中心として成し遂げようとされる個性完成、家庭完成、万物主管という三大祝福を成し遂げ、神様の創造目的を完成し、子女として親なる神様に喜びと栄光を返さなければなりません。それゆえ、祝福こそ創造目的を成し遂げていく出発なのです。

3 神様との結婚
 本来、人間は堕落しないで完成すれば、神様の体の立場になります。無形の神様は、人間を通して実体の体を持つことを願われました。したがってアダムとエバの結婚は二人だけの結婚ではなく、神様とアダムとが完全一体を成し遂げたならば、アダムとエバの結婚は神様とエバの結婚にもなります。エバはアダムの新婦ですが、神様の新婦の立場でもあるのです。「原理本体論」では男女の祝福結婚こそ神様との結婚であることを証しているのです。
 祝福結婚には、人間にははかり知れない神様の摂理と創造理想があり、人生の目的がそこにあります。そして信仰する目的が、そこにあります。66巻の聖書をひと言で表現すれば、「祝福」だということです。神様の最高のプレゼントであり、天宙的な価値があるのです。祝福結婚は原罪を清算し、神様の創造目的を完成する、神様との結婚であることを肝に銘じて、新氏族的メシヤとして、アベル圏の氏族、カイン圏の友人・知人など、たくさんの人を祝福に連結し、勝利して基元節を迎えましょう。ありがとうございました。


posted by ffwpu at 11:00| 統一教会牧会者説教 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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