2012年11月03日

赦しの力

HGN hiroshima-2.jpg統一教 世界会長 文亨進
<光言社刊「文亨進説教集 第2集 信仰の姿勢」 P. 179〜188>

二〇〇七年十二月十六日

祝福された人生を生きるためには、赦しの力を信じ、うまく使うことができなければなりません。赦しは過去の悪い記憶や状況を、それによって私たちが受けた悪い影響を、そのまま過ぎ去らせることができる力があります。言い換えれば、赦しには、過去を越えて、未来を開き得る力があるのです。

赦しとは変化への出発点皆さんが自分に負債を負っている人を赦してあげることができるなら、神様も皆さんが負った負債を、心情の負債を、赦してくださるでしょう。ところで、「赦し」をするとき、このような疑問をもつこともあります。「私がある人を赦しても、その人が変わらなかったらどうしよう?」。しかし、皆さんが覚えておくべきことがあります。赦しとは、変化の出発点だということです。

赦したからといって、二人の間に完全な和解が成されたのではありません。私たちがある人を赦してあげたとき、赦された人が実践すべき五パーセントの責任があります。赦された人は、正しい行動を通して、自分の変化を成し、自らに対する信頼を回復しなければなりません。既にお話ししたように、赦しが重要な理由は、赦される人がもっていた心情の負債から彼を解放し、変化の出発点に立たせるという点です。

たとえ赦しが和解自体を意味するものではなくても、赦したために、私たちは過去からの悪い影響力から抜け出せます。より肯定的な心で未来に向かって、勇気をもって進めます。
過去の重い荷を降ろし、自由人になるのです。私たちを傷つけた人が、私たちの勝利を奪っていくことはできないというのです。このようなことだけでも、私たちの人生において、大きな祝福であり、恵みです。 


「ルカによる福音書」第十五章十一節を見れば、放蕩息子の話が出てきます。皆さんも御存じのとおり、あらかじめ相続した全ての財産を息子が失い、帰ってきたのですが、そのお父さんは彼を赦して、受け入れてあげます。宴を開き、彼を歓迎しました。しかしそののちに、帰ってきた放蕩息子がお父さん、あるいは兄さんから財産を再び相続したという話は出てきません。放蕩息子は自らの努力で信頼を得なければならなかったということです。どちらにせよ、彼は自分が負った心情の負債を赦されたため、新しい出発をすることができました。
真のお父様がアメリカのダンベリーに行かれる前、イースト・ガーデンにたくさんのアメリカの食口たちが集まりました。その時を思い出します。完全に涙の海でした。けれども、お父様は食口たちに、「私はダンベリーだけを見ているのではない。ダンベリーを経たあとに、より大きな勝利があるだろう」と語られました。お父様は既に、お父様を苦難の道に追いやった人たちを赦していらっしゃいました。そして、苦難ののちに来る明るい未来を準備されていたのです。

神様は、公平な神様であられます。もし、ある人が私たちに悪いことをしたら、私たちはその人に復讐したくなります。その人も、私たちが受けた苦痛を同じように受ければよいと考えかねません。しかし、それは私たちがすべきことではありません。公平な神様が、そのあらゆることを見守ってくださっています。神様は行動されることでしょう。義の人には福を与えられるでしょうし、悪い人にはそれにふさわしい蕩減の道を与えられるでしょう。

私たちができること、すべきことは、私たち自身を憤怒から解放させることです。そしてこれは、私たちに傷を与えた人を赦す気持ちから始まります。赦しの力は、私たちが過去の痛みをそのまま手放し、希望に満ちた未来を見つめることができるようにします。

早く赦すことを学ぶ 
「マタイによる福音書」第十八章二十一節以下を見れば、ある主人がとても大きな借金を負った僕をゆるしてあげます。けれども、その僕は、彼に借りがあった他の人をゆるしてあげられませんでした。主人はそのことを知って、とても怒ります。「私はあなたの借金をゆるしてあげたのに、あなたは自分と同じ立場にいる他の人を、なぜゆるしてあげられないのか」と叱責するとともに、その僕が負った借金を再び返させるようにしました。イエス様はこの話をされながら、「神様はこの話の中の主人と同じである。神様は私たちが負った負債をゆるしてくださった。だから私たちにも、他の人が自分に負った負債をゆるしてあげることを願われている」と教えてくださいました。これに対して、ペテロがイエス様に、「他の人が私を悪く言いながら、私に害を及ぼしたら、私は何回彼をゆるさなければなりませんか」と尋ねた時、イエス様は「七回を七十倍するほどゆるしなさい」と語られました。
 私たちはまた、赦す時、できるだけ早く赦さなければなりません。毎日生活しながら、私たちが小さなことのために怒り、悪口を言い、他の人に傷を与えることが相当たくさんあります。私たちができるだけ早く相手を理解し、赦すことができるならば、そのようなことは少なくなるでしょうし、私たちの未来はもっと明るくなるでしょう。

私が韓国に来て、道を歩いてみると、人々がとても忙しく動いているのを見ます。そんな中で、人々とぶつかる場合があります。ある時、おばさんのミスで、私の手が飛んでいってしまうほど強くぶつかってきたことがありました。アメリカでは、そんなことがあれば、「Excuse me」と言うでしょう。日本だったら、「失礼しました」と言うでしょう。しかし、その韓国のおばさんは、謝りもせず、堂々と去っていきました。それを見ながら、「あのおばさんは本当に礼儀がない。私の腕が吹っ飛んでいくほど強くぶつかったんだから、『すみません』の一言くらいは言わなければならないじゃないか」と思いました。

しかし、それはとても小さいことでした。そのために気分が悪くなり、私の楽しみ、私の幸福を失ってしまえば、私が負けたことになります。それで私は、そのようなことが再び起これば、早く心から赦し、「おばさん、ありがとうございます。私たちの御縁はとても深いですね」と言うでしょう。

早く赦すことを学ぶのは、私たちの人生においてとても重要です。悪いことは早く過ぎ去らせるようにしてください。私たちが子供たちを育てている時、小さなことでもひどく子供たちを叱責する傾向があります。そうなれば、子供たちとの関係も悪くなり、互いに傷を負いかねません。しかし、私たちが子供たちの失敗に執着せず、できるだけ早く抱いて赦してあげれば、私たちは実際に、その失敗がそんなに大きなことではないと悟るようになります。

子供たちが失敗したことよりも、子供たちがもっている良い部分を見つめることができます。

興南でも真のお父様は神様に感謝を捧げられた 
毎日、朝の二時三十分になれば、床から起きて精誠を捧げます。瞑想をします。興南監獄の瞑想をしたりもしますが、私はお父様が興南監獄で苦難に遭われる時、どのような気持ちでその困難を克服されたのか、知りたかったのです。それでお父様に、「その難しかった瞬間に、どのように心情を訓練されたのですか」と尋ねました。するとお父様は、「興南監獄で過ごした瞬間ごとに、いつも感謝する気持ちをもった。むちを受けるときも、人々が唾を吐く時も、神様に感謝を捧げた。このように訓練をしてくださって、ありがとうございます。そして、私に唾を吐いて苦痛を与える人を赦してくださいと、神様に祈った」とおっしゃいました。

赦す心、赦す態度、赦す習慣は、私たちを祝福の人生へと導くでしょう。赦すことができれば、私たちは、私たちの幸せ、私たちの楽しみ、私たちの自信を誰にも奪われることはないでしょう。また、小さなことのために怒ることによって、過去に埋まって生きる失敗を犯すことはないでしょう。赦しを通して、より明るい未来に向かっていくでしょう。

神様は、公平な神様であられます。悔しいことにぶつかったとしても、復讐を考えるよりは、赦しを考えてください。神様が全て解決してくださるでしょう。ある人が皆さんをののしり、悪く言ったとしても、「それで? 私はその言葉を信じない。私は幸せになるし、私は祝福された人生を生きるだろう」と、自らの人生に対して確信してください。

怨讐を越えて金日成主席と一緒に食事をされた 
お父様は一九九〇年代の初め、金日成主席とお会いになりました。皆さんも御存じのとおり、金日成主席はお父様を暗殺しようとした人です。お父様はそのような金日成主席と会って抱擁されました。一緒に食事もされました。皆さん、考えてみてください。ある方たちは、クリスマスのように家族が一緒に集まった所で、義理のお母さんと一緒に座って御飯を食べることさえ大変だとおっしゃいます。それなのに、お父様は御自分を殺そうとした怨讐であった金日成主席と一緒に食事をされました。それがどれほど難しいことですか。しかし、そのようにされました。なぜですか。お父様は広く大きな、赦しの心をもっていらっしゃったからです。神様が下さった赦しの心で、金日成主席に対されたからです。お父様がそのように包まれて赦されたので、統一教会が今まで、北朝鮮と良い関係を結ぶことができたのです。

より明るい未来に向かって、共に歩んでいける道を開かれたのです。私はこのような赦しと和解の過程の中で、南北統一がだんだん近づいていると信じます。

深刻な問題には、解決する助けも必要
 私が知っているある家庭に、高校に通う息子が一人いました。その息子は麻薬問題をはじめとして、様々な深刻な問題をもつ生徒でした。その父母は子供に対してたくさん失望し、衝撃を受けた状況でした。

しかしこの人たちは、息子の状態に対して、赦し、受け入れ、良い心理学者と出会って治療を受けるようにして、彼の行動と習慣を新しく変えるために投資をしようと決心しました。
赦しも重要ですが、問題が深刻になった時は、その問題に対して正しく認識し、その問題を解決できる計画を立て、変化して前に進むことができるように、助けてあげることも必要だというのです。

赦す心には、より多くの勝利、悟り、平和がある 
きょうは赦しについて、皆さんと一緒に考えてみました。何を学ぶことができましたか。放蕩息子の話のように、赦しは和解を含むものではありません。しかし、和解するためには、まず赦さなければなりません。赦しの核心は、たとえ本当の和解ができなかったとしても、赦しを通して、私たちは過去の悪い影響にとどまるのではなく、未来に向かって自信をもって、希望にあふれて進むことができるという点です。

皆さん! きょう分かち合った、赦すことを知らない僕に対する話の教訓も覚えていてください。神様が私たちを赦してくださいました。神様は御自身が赦されたように、私たちが他の人を赦してあげることを願われています。また、反対に私たちが赦せば、私たちの過ちも神様が赦してくださるでしょう。

神様は、私たちの全ての行動を見守っていらっしゃいます。神様は、公平な神様であられます。ですから、私たちが悔しいことにぶつかったとしても、復讐しようとしないでください。公平な神様があらゆることをなさるでしょう。赦すことを通して、憤怒から自由になってください。より早く赦すことができれば、皆さんの人生はそれだけ祝福に満ちるでしょう。

お父様を思い出してください。興南監獄とダンベリーの苦難の中でも、壮絶な現実だけを見られるのではなく、明るい未来を信じ、感謝し、赦されました。

食口の皆さん! お父様に似て、赦す心をもってください。公平であられる神様を信じ、
赦しの力を信じてください。赦す心をもてば、暗い過去から抜け出して、明るく希望に満ちた未来に進むことができます。より多くの勝利、より多くの悟り、より多くの平和があるでしょう。神様と真の父母様が下さった祝福の人生を生きることでしょう。


7satusetto.jpg資料提供:光言社
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posted by ffwpu at 11:00| 文亨進様説教 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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