2012年07月21日

価値のある祝福家庭

安ヨンソプ.jpg統一教会
 安 榮燮
 <2011 秋季 牧会者説教集 P.48~54>

訓読:「天地人真の父母定着実体み言宣布天宙大会」講演文より
 「ここまで来れば、『一人の人間として、万人の祝福の中で自らの人生を振り返り、満足して余生を楽しむ資格がある』とたたえることでしょう。『あらゆる重荷をすべて下ろして、もう思い残すことなく“人生90年の成功” を誇って暮らしなさい』と言うでしょう。しかし、私たち夫婦の生涯は、世俗的な目で見るそのような次元の人生ではありません。人類の縦的真の父母であられる神様の印を受け、実体の真の父母の使命を完遂しなければならない私たち夫婦は、今、実体の天一国完成までの最後の2年を残し、いつの時よりも深刻な日々を生きています」

 「人類始祖の堕落によって偽りの血統を伝授された人間は、誰もがサタンの束縛から抜け出すことができないまま、今も暗闇の中をさまよっているではないですか。65億の人類を導き、地上天国創建の道を歩んでいく私たち夫婦の人生が、どうして深刻でないことがあるでしょうか」

 「人類は今、天の命令に謙虚な姿勢で従順に従わなければならない時です。平和の王であられる神様の実体として地上界で摂理を経綸していらっしゃる真の父母様の導きに従い、残った2年間を全力投球、死生決断をしなければならない宿命的な時が、今日の私たちの前に近づいてきたのです。霊界の全ての善霊たちも総動員され、皆様よりも一歩先に再臨して走っています」


 食口の皆さん、きょうはなぜ教会に来られましたか? お金を稼ぐために来られた方、手を挙げてみてください。友達をつくるために来られた方、手を挙げてください。商売をするために来られた方、手を挙げてください。いませんね。
 韓国の既成教会では、商売目的で教会に来る人がいます。友達をつくるために来る人もいます。もちろん、彼らも十分の一献金をします。しかし、イエス様だけを信じて、救いを受けるために来るのではありません。様々な利益を受けようと教会に来る人たちがいますが、ここに集まった皆さんは違いますね。

 なぜ私たちが教会に来たのかと言えば、先週の内容を神様に報告し、新しい一週間を決意して出発するために来られたことでしょう。そして、私たちを祝福してくださったメシヤ、真の父母様の動静やみ言を聞いて、不足な部分を反省し、与えられた使命を完遂するための時間を持とうとして来られたと思います。先ほど訓読したみ言の内容をもとに、祝福家庭である私たちと真の父母様の関係について考えてみたいと思います。

 訓読したみ言から、真の父母様は2013年1月13日に向けて、深刻に全力投球されていることを知ることができます。多くの人が真の父母様に「少し休んでください」と進言しますが、「休むことはできない」と語られる心情を誰が知っていなければならないでしょうか。私たち祝福家庭しかありません。

 真の父母様は、70億人類を祝福し、救われるために、きょうも精誠を捧げておられます。誰かを救うことは、容易なことではありません。先日、真の父母様は、足をけがされ、ギプスをされながら、鮮文大学で4時間ずっと立ちっぱなしでみ言を語られたと聞きました。90歳を超え、さらに、足をけがされながら語られるということは、死ぬような苦しみであったと思います。そのようなお父様の前に、模範的な生活をする祝福家庭の人生は満ち足りたものになります。しかし、そうでない場合は、多くの後悔をするようになるでしょう。

 こんな話を聞いたことがありますか?

 ある日、川に落ちた一人の少年が救助隊に助けられました。やがて意識を取り戻した少年は、自分を救ってくれた救助隊員に「命を助けてくれてありがとう」と言うと、隊員は「私は私の仕事をしただけだ。あなたの命が救助される価値があったことを、あなたの生涯を通じて証明しなさい」と答えたといいます。これは、どのような意味でしょうか。私があなたを救ったことを後悔しないよう、立派に育ってほしいということです。

 この話のように、私たちは誰かを助けたり、助けられたりしながら生活しています。真の父母様も私たちを救うために、数多くのサタンの妨害を取り除きながら祝福を与えてくださいました。それに対して感謝の心を持っていかなければなりません。感謝の心とは、先ほどの救助隊員の言葉のように、私たちが立派な祝福家庭になることだと思います。

 JR山手線の新大久保駅で、線路に落ちた人を救おうとして命を失った韓国の青年の話を聞いたことがあるでしょう。人を救うことは簡単ではありません。自分の命を引き換えにする覚悟がなければできないことです。新大久保駅の事故でも、1人の男性を助けるために2人が線路に飛び降りましたが、3人とも命を失ってしまいました。

 真の父母様がサタンと闘われるときの心情も、死を覚悟したものであると思います。それは、自分の命と引き換えにすることを覚悟して、死の境地を越えて子供を生む母親と同じだと感じます。産婦人科もない時代、母親たちは「この靴を再び履くことができるだろうか?」と思いながら、出産のための部屋に入ったという話を聞いたことがあります。

 私たちは、“誕生” が“救い” と深い関係があると考えてみなければなりません。“私” という人間は、母親が死の苦しみを耐えながら生むほどの子女であったのか。そのような子女であることを自覚しているのか。そのように生まれた私が、父母に感謝する気持ちを抱いて生活しているか。そして、感謝の気持ち以上に、より大きな価値を持って生きているか。功労がある先祖のおかげで、たくさんの子孫の中から選ばれて統一教会に入り、祝福を受けた“私” は、選ばれた祝福家庭としての価値を持って生きているか。

 訓読したみ言にもありましたが、真の父母様は数多くの蕩減条件を立てて、サタンと闘って勝利した証に、私たちを祝福してくださいました。たくさんの祝福家庭の中で、“私の家庭” は、そのような価値を持った素晴らしい家庭を築いているか考えてみなければなりません。私たちが永遠の世界に旅立つときや、2013年1月13日の基元節が宣布されるとき、真の父母様から「あなた方に祝福を与えて良かった」と言われるような家庭になっていかなければなりません。

 2012年1月28日(天暦1月6日)、真の父母様は聖婚式を行われる予定です。私たちは、2013年1月13日の基元節を前にして、真の父母様が下さろうとする祝福を受けなければなりません。その祝福とは何でしょうか? 天一国入籍です。

 私は、天一国に入籍するために五つの条件があると思います。これは、真の父母様が具体的に示されたものではありませんが、これまでのみ言を総合すると、必要とされている内容だと思うのです。

 一つ目は本体論修練会に参加して真の家庭を築くこと。二つ目は自叙伝430冊を配布し、12人の霊の子女を伝道すること。三つ目は八大教材教本を相続して訓読会を毎日しながら、私たちの中にあるサタン的な生活習慣を分立し、天一国市民になること。四つ目は2012年1月28日まで行われる摂理に同参すること。そして、五つ目は210代まで先祖解怨・祝福をして、先祖たちも入籍できるように、真の父母様から天の名前を頂くこと。天一国の姓を頂くことが入籍の条件になるのではないかと思います。

 本体論修練会に参加すれば、真の父母様の印が入った修了証を受け取ることができます。430冊自叙伝を勝利すれば、真の父母様の認定証を受けることができます。八大教材教本の相続証にも真の父母様の印が押されています。聖歌37番には、印があって天国に入れるとあります。自叙伝を熱心に配布しながら多くの人に会って、伝道しなければなりません。これらを今、準備する必要があります。

 きょうここに参加した食口の皆様は、2013年1月13日まで480日余り残っているこの時、自分自身と自分の家庭、そして氏族の子孫たちにとって大きな分かれ道に立っていると言えるでしょう。真の父母様から受けた祝福を天の前に捧げる、素晴らしい祝福家庭になれるかどうかの分水嶺にあるでしょう。

 私がアメリカにいるときに聞いた話をして終わりたいと思います。アメリカで南北戦争が行われた頃の物語です。南北戦争は1861年に始まり、1865年4月9日に南部連盟が降伏するまで4年間にわたって行われ、数十万人が命を落とした戦争です。このとき、北部連邦は156万人を動員して戦病死者は36万人、南部連盟は90万人が動員され26万人が亡くなりました。今では想像もつかないくらい熾烈な戦いでした。

 この南北戦争で生き残った2人の青年兵士が、自分の故郷に帰ろうとしていました。そして、ある街にたどり着きます。ここで片方の兵士は、「戦争も終わったことだから、歓楽街に行って酒でも飲もう」と言いました。しかし、もう一人の兵士はその誘いを断り、「教会に行く」と言いました。そこで2人の兵士は別れ、それぞれの道を歩み始めました。教会に向かった兵士はポケットにあったお金を献金して、戦争が終わったことを神様に感謝し、お祈りを捧げました。

 それから約20年後、歓楽街に酒を飲みに行った兵士はアルコール中毒となり、さらに犯罪を犯して刑務所に入っていました。彼はある日、米国の第22代大統領が決まったという新聞記事を見て驚きました。その大統領とは、南北戦争が終わって故郷に帰る途中、教会に行くと言って別れたもう一人の兵士だったからです。同じ時期に、同じ場所で、同じように軍で戦ったあと、歓楽街でお酒を飲んだ青年と、教会で献金と感謝の祈りを捧げた青年の運命が、このように変わったというのです。

 アメリカの第22代大統領グロバー・クリーブランドは、唯一、ホワイトハウスで結婚式を挙げた人物であり、アメリカとニューヨークの象徴である自由の女神をフランスから贈呈されたときの大統領でもあります。

 今日、私たちも真の父母様が祝福してくださった、価値ある祝福家庭として生きているでしょうか?

 そうでなければ、まず先に酒を飲みに行った兵士のように、自分の欲望と欲心を優先し、天が認定できない家庭として残されてしまうのでしょうか?

 皆さんがこの時間、受けたみ言を中心として感謝する心でお祈りし、出発するのか、それとも、いつもと同じようなみ言だからと流されてしまうのか、重要な岐路に立っていると思います。

 ここにいる食口の皆さんの中には、教会で感謝の祈りと献金を捧げて出発した兵士のように、神様が下さった祝福を胸深く大事に持ちながら、感謝の信仰生活をする方もいることでしょう。またそうではなく、きのうもきょうも、自分が受けた祝福がどれだけ価値があるかを知らずに過ごす方もいるでしょう。

 私たちのために蕩減の道を歩んでおられる真の父母様に力を与えていく道は、祝福家庭が、サタン世界でも天の世界でも、どの世界でも、本当に「価値のある祝福家庭だ」という証しをたくさん立てることだと思います。これが真の父母様に最高に力を差し上げる道であり、最高の孝と忠と烈の道を歩む姿だと考えています。

 結論として、「私は自分の欲望と欲求を前に出す信仰者にならず、真の父母様から祝福を受けた、価値ある祝福家庭になります」と誓っていく食口になること。そして、「伝道と摂理に積極的に同参する、誇り得る食口になることを誓います」というような皆さんになることを願いながら、説教を終わりたいと思います。


posted by ffwpu at 11:00| 統一教会牧会者説教 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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