2011年05月14日

真のお父様を絶対的に信じて

金満辰

統一教会
 金満辰
 <2010春季 牧会者説教集 P98〜106>



 私は、沖縄に行きたい、行きたいと何度も思っていました。沖縄に来てみたら、本当に沖縄の食口(シック:同じ食事を口にする者、家族の意)たちは良い食口ですね。ひと目で、皆さんが素晴らしいと感じました。

 きょう、飛行機で来るとき、窓側に乗ってきたのですが、海がこんなにきれいなものかと驚きました。そうして、4月7日に昇華された、私の尊敬してやまない金元弼(キムウォンピル:文鮮明師が最初に伝道した第一弟子)先生のことが思い出されました。金元弼先生は、私が1月9日に九州に異動になったとき、私が「九州に行きます」と報告すると、「そうか、私も行こう」と約束されたのです。しかし、こんなにきれいな山、こんなにきれいな海を見ながら、「先生、私一人で申し訳ございません」と先生のことを思っていました。

 ある日、私は金元弼先生を車でお連れしていました。先生が「あなた、あなた。ストップ、ストップ」と言われます。先生はとても調子が悪くて、トイレに行きたいと言われるので、急いである山の中のサービスエリアに行ったのです。先生はトイレに行かれたのですが、10分過ぎても20分過ぎても、帰ってこられません。どうしたのかと心配になってきました。「先生、先生」とお呼びしたのですが、返事がありません。もし先生に何かあったらと、とても心配しました。


 「先生、先生」と叫びながら探し回り、やっと先生を見つけました。「先生、金元弼先生!」。呼んでも、返事をされません。先生の顔を見ると、何も言わずに泣いていらっしゃるのです。「先生、どうされたのですか?」と尋ねました。「あなた、この絵を見なさい」。先生は、その絵を見ながら泣いていらっしゃるのです。

 今でも長野には姨(うば)捨て山という山があります。その絵はその山の絵でした。

 昔、国が年を取った父母を、役に立たなくなった老人をその子供たちに山に捨てるようにさせるということが実際にあったのです。年取った自分の母親を若い息子が背負い、朝からジャガイモやとうもろこしを持って山を登っていきます。しかし途中で背中のお母さんの様子が変なのです。山を登りながら木の枝を1本折り、また1本折りしています。ああ、うちのお母さんは変だなあと思いながらも、急いで山を登っていきました。そうしながらも、お母さんはまた枝を1本折っては、また1本折っていきます。

 長い時間が過ぎて、「お母さん、着きました、ここでございます。お母さん、これが最後のあいさつです」と、敬拝しながら、「とうもろこしを召し上がってください。おなかがすいたら、このジャガイモを召し上がってください。もし雨が降ったら、ここで休んでください。山ですから、もし動物が現れたら、この石の上に座ってください。お母さん、お母さん、私は帰ります」。

 そのとき母親が「おまえ、おまえ、急いで帰ってくれ、急いで帰ってくれ。今は、もう周りが暗くなってきて、道を見失うかもしれないから、さっき私が折った木の枝を目印に、急いで、急いで帰ってくれ」と、そのように言うのです。その息子はお母さんを捨てるために来たのに、最後の最後まで息子が無事に家に着くことを考え、心配して木の枝を折ってきたお母さんだったのです。「お母さん、私はだめです。私はお母さんを置いていくことができない。もう一度、私がおんぶして、一緒に帰りましょう」。「おまえ、何を言っているのか、早く私を置いて帰りなさい」。そういう場面を描いた絵でした。

 先生がその絵を見て泣きながら、「そうだ、そうだ。私が統一教会に来て、第一の弟子として何度神様をおんぶして、あるときは真の父母様(文鮮明ご夫妻)をおんぶして、このような山に捨てたかわからない」。そして大粒の涙を流して泣いておられるのです。

 先生が一番好きな言葉がありました。「父母の心情」という言葉です。「いつも信仰者は父母の心情で、いつも牧会者は父母の心情を持って歩んで頑張ってくれ」と言われていました。「父母の心情は原理であり、原理は最初から最後までが父母の心情だ」と。

 きょうこの沖縄のきれいな海を見て、先生の言葉が思い出されました。

 私たちの教会にはたくさんの素晴らしい先輩方がいらっしゃいます。先ほども沖縄を回り、アメリカ軍の話を聞きながら、朴普煕(パクポーヒ)先生のアメリカでの証あかしを思い出しました。

 去年12月ごろ、朴普煕先生が、私がいた大阪に来られました。食事を共にさせていただいたのですが、「今、日本が大変でしょう。私は50年間、お父様(文鮮明師)に侍ってきましたが、ただの一度も簡単な命令はありませんでした。あり得ない難しい天からの命令ばかりでした」と言いながら、1970年代のアメリカでの証しを一つしてくださいました。

 お父様の願いでアメリカに渡り、一生懸命に頑張って開拓をしました。そうして、ついにお父様がアメリカに来られることになりました。本当によく頑張ったと慰労してくださったのですが、ある日、真剣な顔で、「朴普煕、来なさい。私はアメリカ大統領ニクソンと会議をしたい」とおっしゃるのです。

 それはあり得ない話です。当時、韓国は経済的にも貧しい国でした。中国の一部かと言われるような小さな国でした。その小さな国でひどい迫害を受けている、一牧師のお父様が、アメリカに来てニクソンと会議をしようと言われるのです。しかしお父様は、「会議だ。あなたが準備してくれ。時間がないのだ。1週間以内に準備してくれ」と言われたのです。

 朴普煕先生はお父様の顔を見ながら、何も言えなくて、ただ「わかりました」と、その命令を引き受けました。しかし、いくら考えても道は見えません。その当時、アメリカでは白人用のトイレと黒人用のトイレがあり、東洋人はどっちに行くのがいいかと考えなければならないほどでした。どこにあるのかすら、だれも知らないような韓国から来た一人の牧師が、アメリカの大統領と会議をしたいというのは、本当にあり得ない話だったのです。

 どう考えても道がないと苦しまれ、これはお父様に無理ですと報告するしかないという結論になったのです。しかしお父様は、「必ずやるのだ。信じてやるのだ!」と言われるのです。「神様、どうしたらいいですか?」と真剣に祈ったそのとき、「1カ月前、リトルエンジェルスを連れてアメリカを回ったとき、踊る子供たちの前で喜んで座っていた大統領の補佐官がいたではないか!」、そのような声が聞こえてきました。「そうか!道が見えた」と、朴普煕先生は決意して動かれました。

 補佐官に会って熱心にお願いしましたが、1週間のうちに大統領と会うのは簡単なことではありませんでした。大統領と会うためには最低、半年は必要なのです。先生は真剣に祈り、さまざまな人脈を使ってやっと大統領と会う約束を取り付けました。それは短い時間の面会の約束でした。しかし、それだけでも奇跡でした。

 お父様に報告すると、お父様は大変喜ばれました。大統領に会うその日、朴先生は緊張で小さくなっていましたが、お父様はまるでご自分がホワイトハウスの主人であるかのようにしておられました。大統領と会う直前には補佐官からさまざまな注意事項が述べられましたが、お父様は「わかった、わかった」と言いながら堂々としておられました。

 いよいよ大統領との面会です。大統領の待つ部屋に入っていかれると、お父様は初対面なのに、「おお、ニクソン。久しぶり」と言って、まるで古くからの友人のように大統領を抱き締められたのです。朴先生はその様子をびっくりして見ておられました。大統領補佐官もただびっくりして見ていました。お父様は、「私はこのホワイトハウスの周りを7回周りながらアメリカのために祈りました。きょう私はあなたのためにお祈りをします」と言ってニクソン大統領の頭の上に手を置いて祈り始められました。これはだれも予想していなかったことでした。アメリカはクリスチャンの国です。牧師がお祈りしましょうというのを断れば問題なので、ニクソンもお父様の申し入れを断ること
はできませんでした。

 その祈りがどれほど長かったでしょうか。アダムとエバの創造と堕落から始めてアダム、ノア、アブラハム、モーセ、イエス、そして再臨主が現れて、共産主義問題から民主主義問題へと……なかなか終わらないのです。しかしこれはお祈りですから、ニクソンももういいとも言えず黙って聞いていました。朴先生は汗びっしょりになって必死に通訳しました。そのお祈りが終わると、ニクソンはお父様の祈りに感動していたのです。

 それを見て、朴先生は「本当にお父様はメシヤだ」と確信したというのです。なぜかというと、もしお父様が補佐官から言われたとおりに約束を守って5分か10分の面会で終わっていたら、大統領からの一方的な話で終わってしまっていたのです。お父様はそのことをよくご存じだったのです。それで、堂々と大統領の前に現れ、そのように祈祷されたのでした。お父様は、このようにしてすべての大事なメッセージを伝えられたのです。アメリカの世界に対する役割、若者の麻薬問題、共産主義の脅威などなど、すべてを伝えられたのです。そしてすべてを聞いた大統領は、これは普通の話ではないと感じ、「レバレンド・ムーン、もっと話をしましょう」となり、勝共運動を応援することを約束したのです。

 お父様には、あまりに理解できないことが多いのです。今年3月18日にも、突然、宋(ソン)総会長をはじめとして12名の地区長にアメリカに集まるよう願われました。そして、私はこれからUN(国際連合)に行って昇華式(統一教会内でのお葬式)をするのだ、と言われるのです。なぜUNで昇華式なのでしょうか。人間の頭では納得できないことです。10年前にもお父様は、UNで祝福結婚式をすると言われて大騒ぎになったのです。普通の人間の頭では理解できないことをしていかれるのです。

 その時のお父様のメッセージがこうでした。人生、だれでも行く道がある。母のお腹なかの中から生まれて、だれでも結婚するのだと。その結婚がどのようなものかというと、だれでも純潔を守って結婚し、純潔を守って真の家庭を築くのだと。これを10年前にUNで宣布されたのです。正しい結婚のあり方とはどのようなものか、人生の行くべき道はどのようなものかを宣布し、教えられたのです。

 今10年が過ぎて、今度は昇華式を行われました。人間、だれでも死ぬのだ。どのように霊界に行くのが正しいのか。死は終わりではない。霊界から見たら、死は誕生だと。統一教会の昇華式は世の中の葬式とは違います。私たちの昇華式は、結婚式のように明るく楽しい雰囲気です。霊界から見たら、人が死んだその日は誕生日なのです。霊界に旅立つ人を明るく、幸せになるようにと送り出す、それが昇華式なのです。霊界があるということを、全人類に示したのが2010年3月18日なのです。

 2013年1月13日にはすべてが終わります。すぐにその日は来ます。時間がありません。しかし、このように時間がないのに、どのようにして天一国が訪れてくるのでしょうか。

 ある学者がお父様に言いました、「天一国がどのように来るかわかりました」と。人類の歴史は戦いの歴史です。昔は土地をより多く持っている者が力を持っていました。それで領土を奪い合う戦争が行われてきました。次には情報、そして技術を多く持つ者が力を持つようになりました。そして最後に来る戦いは文化の戦いだと。より高い文化が低い文化を主管していくようになるのだと。

 最近、韓国に行くと、私たちの教会ではないのに真の家族とか真の幸せなどといった看板をよく目にします。世の中が変わってきているのです。私たちの教会で言う真の家庭がはやっています。統一教会の文化が世の中の文化を主管し始めているのです。

 お父様が、祝福家庭はたくさん子供を生みなさいと強く言われてきました。しかし10年、20年前、韓国では子供がたくさんいると部屋を借りることができなかったのです。子供たちが多いとうるさいと嫌がられていたのです。しかし今、世の中が「文先生が正しかった」と言うようになってきました。昔は貧しい食口たちがたくさんの子供たちを連れているのを見て笑っていたのです。世の中では一人の子供を生んで大切に育てていきましょうという運動があったのです。しかし今、20年、30年が過ぎてみると、赤ちゃんがいないのです。お年寄りが増えて、子供が増えないならば、国の未来がありません。深刻な問題です。

 大阪は僑胞が多く住んでいる所です。そこには僑胞たちがつくった学校があります。大阪では食口たちが、韓国語を学ぶことができるので、二世たちがその学校にたくさん通っています。2年前、おかしなことが起こりました。ある日、その学校の子供たちが半分以上学校を休んだのです。学校では大騒ぎになり、何があったのかと緊急会議まで行われたのです。そして各家庭に電話してみると、休んでいる子供は統一教会の子供のようなのです。教会に連絡してみると、その日は清平(韓国にある統一教会の聖地)から大母(テモ)様が来られた日だったのです。その学校では半分以上が祝福二世なのです。結局、その日、学校全体が休みになったのです。

 それ以来、その教頭先生から「地区長さん、ちょっと一緒に食事でもどうでしょうか」と電話が来るようになったのです。そして、食事しながら、「ところで、次に清平から偉い大母様が来られるのはいつでしょうか」と尋ねてくるのです。これは本当の話です。お母様(韓鶴子女史)が来られたり、大母様が来られたり、とにかく突然たくさんの子供たちが急に休んだりするので、その学校はついに祝福家庭の中から3人の教師を雇って教会との橋渡しをするようにしたのです。学校の中でも二世が多いので、子供たちも堂々と真の父母様の話もできるのです。お金を使わずに、その学校は特別な学校になりました。

 なぜそうなったのでしょうか? 統一教会には子供がたくさんいるからです。このように、お父様は未来を見ながら正しい道を教えてくださっているのです。

 今年は真の父母様がご聖婚式をなされてから50年目の金婚式の年です。父母様の御聖婚式がなければ、その後の私たちの祝福はなかったのです。お父様の御聖婚があったからこそ、真のご家庭の祝福があったからこそ、私たちの祝福もあるのです。そこから私たちの祝福が出発したのです。

 それで、今年2010年4月29日、すべての祝福家庭が真の父母様の御聖婚50周年の金婚式をお祝いすべきだと私は思います。人類歴史上、これから二度と来られることのない真の父母様です。お父様は、「時間がないのだ。神様と約束したその日がもうすぐなのに、時間がないのだ」と訴えられます。皆さん、真の父母様と同じような心情を持って、「父母様、私たちがいます。心配しないでください」と、「沖縄の食口たちがいます。心配しないでください」と、一番南の地、沖縄が日本を引っ張っていきましょう!

 それが私たちの誇りです。90歳のお父様を解放してさしあげる沖縄になりましょう!


posted by ffwpu at 12:00| 統一教会牧会者説教 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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