2015年08月29日

文鮮明天地人真の父母天宙聖和に寄せて

kajikuri.jpg世界基督教統一神霊協会 第12代会長
 梶栗玄太郎
 <2012 秋季 牧会者説教集より>

 イエス様の死と再臨主の死の違いはどこにあるのでしょうか。

 死ぬことはみな同じです。肉体的な死は、生理的機能が停止した時に迎えます。また死の概念には、もう一つの「霊的な死」もあります。

 さて、イエス様は完全に勝利して亡くなったのでしょうか。イエス様は地上での最期に「メシヤのための基台」全てを失われました。しかし、再臨主であられる真の父母様は、勝利して霊界に行かれたのです。

 基台を失って霊界に行くか、それとも、勝利して霊界に行くのか。未完成で霊界に行くか、完成して霊界に行くのか。これらは全く違うというのです。

 私は、「もしも、真のお父様が、イエス様と同じように、使命を未完遂のまま亡くなったなら、どうなったであろうか」と考えてみました。なぜなら、私は「文鮮明天地人真の父母天宙聖和式」の実行委員会の共同実行委員長に立っていたからです。韓国の石俊B会長、米国のトーマス・ウォルシュ会長と私の3人が、その位置に立ちました。

 その事実を知って、私は驚きました。もしも、真のお父様がイエス様と同じような死を迎えられていたならば、その後はどうなるのか。イエス様当時、十字架の死後に起こったことが、そのごとく再現されるでしょう。そうすると、最初に逆さ十字架にかけられるのは第一弟子です。私は、「この共同実行委員長の3人は、その位置に立てられた者たちだ」と思い、覚悟をしました。

 イエス様の死後、キリスト教史において、おびただしい数の信者が十字架につけられ、山や谷を埋め尽くしました。そのようなことが起きたら大変なことです。皆さんは、そのような覚悟をしましたか。

 しかし、それは真のお父様が失敗した場合に起こる現象です。真の父母様は勝利され、蕩減復帰を全て成し遂げられました。あらゆる方面において完成された真の父母様です。

 その方が霊界に逝かれる時、勝利して、天寿を全うされたのですから、過去の歴史が再び繰り返されることはありません。真のお父様の勝利された恩恵を受け継いで、新しく出発すべきです。

 残されたみ旨は、全て私たち子女の責任分担です。それは、氏族的メシヤの使命を果たして、来年の基元節のお祝いを立派に成し遂げることです。それが私たちの使命です。ですから、悲しむことなく、止まることなく、その目的に向かって前進し、勝利を収めるべきです。

 真のお父様は勝利されました。皆さん、拍手をもって真のお父様の勝利を称えましょう。そして、新しい決意を持って、神様と真の父母様の前に誓う時間を持たなければなりません。

 下手な考えを持ってはいけません。横からの言葉を聞いてはならないのです。「もう統一教会は終わりだ。だから俺について来い」などと言う人が出てきます。とんでもないことです。

 真のお父様は霊界で、天と地を主管されます。真のお母様のそばにおられて、直接世界を指導される時が始まりました。

 そのようなことを知って、私たちはますます一致団結して基元節に向かって疾走していきましょう。
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2015年08月22日

人間は神様の聖殿

統一教会
 鈴木高雄
 <2009 秋季 牧会者説教集より>
訓読:『天聖経』「成約人への道」第1章人生観より(p.1421)
 「もし人間の先祖、アダムとエバが堕落しなかったならば、どのようになっていたでしょうか。アダムとエバは、神様と一つの体になり、神様と同じ立場に立ち、神様の創造の威厳を継承し、神様が創造後、お喜びになられたのと同じ位置に立つことになっていたはずです。神様と人間の間で、そのような関係を結ぶようになるのです。堕落していない本然の人は、神様の聖殿になるのです」(54-64、1972.3.11)

 「アダムとエバは、神様の息子、娘であると同時に、神様の聖殿です。彼らが共に成長し、聖殿が完熟するように造られたなら、神様がアダムとエバの中に入ってこられるというのです。そして、完成したアダムとエバが神様を中心として聖なる式を挙げれば、それは何ですか。神様と一つの体になるということです。神様は内的な神様になり、私たち人間は実体をもった神様の体になるというのです。

 コリント人への第1の手紙第3章16節を見ると、『あなたがたは神の宮であって、神の御霊が自分のうちに宿っていることを知らないのか』というみ言があります。信じて救いを受ける人も神様の聖殿になるのですから、本然の人類の真なる先祖の位置に進むその方たちにおいては言うまでもないというのです」
(54-139、 1972. 3.22)

 聖殿建設の摂理が始まって50日がたちます。土台ができた人、枠組みができた人、そろそろ建設が始まった人など、皆さんはどれくらいでき上がりましたか。自分自身の身体が神の宮になり、家庭も神の宮になれば、万物も向こうから寄ってきます。自分がどのような神の宮になるかということが問題です。皆さん一人一人が宮大工として、立派な聖殿を造っていただきたいと思います。

 きょうは「人間は神様の聖殿」という題目です。
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2015年08月15日

栄光の王子になろう

統一教会
 権相來
 <2009 冬季 牧会者説教集より>

訓読:『天聖経』「祝福家庭」「祝福の意義と価値」(p1210)
 「先生が生涯で最も貴いと考えたものとは何でしょうか。祝福です。皆さんにとっても、人類歴史始まって以来、最高の贈り物は、祝福です。

 今日、皆さんは、まだ真の父母と完全な因縁を結ぶことができないでいます。ですから、その因縁を結んであげるためにしてあげるのが、統一教会の祝福です。

 祝福を受けた人は、霊界に行っても先生が永遠に責任を負います。先生が主管して指導します。祝福とは、このように先生と永遠の因縁を結ぶものでもあります。

 祝福をしてあげるということは、天の全権を委譲してあげることを意味します。

 祝福は、天国の門を開くことであり、天国は、子女をもって家庭が入っていく所です」


 再臨復活された興進様が日本に来られた時の話を聞いたことがあります。教会が汚くて怒られたという話です。「神様が教会にいらっしゃるのに、なぜ汚いのか」と……。次の訪問予定の教会は、その話を聞いて、一生懸命掃除をしました。そして教会に訪問されたときに、「事務所に行きましょう」と言われました。すると、事務所はめちゃくちゃでした。「事務所には神様はいらっしゃらないのか」と怒られました。それを聞いた次の訪問先の教会は、事務所まで来られるということで一生懸命掃除をしました。その教会に訪問された興進様は、礼拝堂を見られ、事務所を見られて、事務所の机の引き出しを全部開けて見られました。引き出しの中はめちゃくちゃで怒られました。次の訪問予定の教会はその話を聞いて、引き出しまで全部見られるのできれいに片付けました。興進様は次に台所まで見て、「ここには神様がいらっしゃらないのか」と怒られたそうです。

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2015年08月08日

懐かしい私のお父様

統一教会
 崔成烈
<2009 冬季 牧会者説教集より>

 皆さん、故郷がありますね。故郷が懐かしく思い、お盆やお正月、ゴールデンウイークにも帰りますね。故郷に行くと心がすっきりします。故郷が慕わしいのは、愛する親がいて、友がいて、自然があるからです。親から生まれ、共に生活した愛がそこにあるので、人は故郷を忘れません。
 
 人間は堕落して本然のエデンを失いました。本然の父母を失いました。神様も失い、人はすべてをなくしました。神様は子女も万物も故郷もなくしました。人間は命をなくし、神様をなくしました。

 神様の恨、人間の恨は何でしょうか? 本然のエデンを失い、親を失いました。人間は神様の愛を一度も受けられずに6000年歴史が流れ、神様も一度も人間を愛せませんでした。

 韓国の実話があります。あるお坊さんと、死刑囚と、その老いた母親の話です。殺人を犯し死刑囚となった息子の母親は、この息子の罪は自分の罪と言って贖罪生活をしました。顔も上げられず、毎日3000拝して、近所の掃除をして生活しました。最初は近所の人も非難をしていましたが、やがて慰労してくれるようになりました。それでも、「私は死刑囚の母だから冷遇してください」と言っていました。

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2015年08月01日

絶対信仰を持って国を背負う人生

統一教会
 河村政俊

訓読:『牧会者の道』p.46〜p.47より
 「アブラハムを見てみましょう。神様は偶像商である彼の父親から、彼を分立させました。彼は、家族、祖国、物質的な富、そして、すべてのものを捨てなくてはなりませんでした。そのように、サタン世界から彼を断絶させることにより、彼は、カナンに入っていくようになったのです。神様は、彼を鍛錬し、彼をして、彼自身の民族だけでなく他の民族、さらには怨讐のためにも泣くことができるようにさせながら、摂理を発展させました。

 神様は、彼に祖国を離れ、他国に行くようにさせながら、このことをなされたのです。彼は、ジプシーのように流浪していったのです。彼は、いつも切実な心情で泣き、祈祷し、神様が自分の祈祷を通して人々を救ってくださることを願いながら生きました。それで神様が、彼の子孫たちが天の星のように、地の砂つぶのように繁栄するであろうと、祝福されたのです。

 聖書を見ると、私たちは、神様がアブラハムを祝福され、彼を無条件に愛されたような印象を受けます。しかし、そうではありません。アブラハムは、愛する家族、祖国、物質的な富、そしてその他のすべてのものをあとに残して、神様が選ばれた未知の地に行き、いつも神様と人々のために涙を流すことにより、サタンから自分を分立しなければなりませんでした。彼は民族のために多くの祈祷をし、国のために多くの苦痛を受けたのです。

 そのような条件を通して神様は、アブラハムを信仰の祖先として立てることができ、また数多くの後孫が繁栄するように祝福できたのです。このような内容は、聖書には記録されていませんが、神様が彼に祝福を与えたのは、そのような背景があったからなのです。

 アブラハムもノアと同じです。偶像商の息子、アブラハムは、サタンが一番愛する人でした。しかし、神様は賢く愛らしいこの息子を奪ってきたのです。アブラハムが願ってきた世界は、彼の父親の思いとは違いました。怨讐の息子ではあったけれども、考えることがその父とは違っていたのです。アブラハムは、自分の家族のためだけでなく、未来のイスラエルを心配する心を持っていたのです。そのようなアブラハムを神様が奪ってきたのですが、どのようになったでしょうか?成長していた時には、彼の家族や親戚が、自分の味方だと思っていたのに、そのすべてが怨讐となってしまったのです。その上、自分の国と氏族から離れ、自分の父母に反対してからは、アブラハムの行くことのできる家がどこにあり、親戚がどこにあり、国と世界がどこにあるのかというのです。それこそ、一人残されたのです。そのためにアブラハムは、行く先々で試練と苦痛を受けるようになったのです。エジプトに行った時には、パロ王が彼の夫人を奪おうとしたり、どこへ行っても追われる身となったのです」


 きょうは三大宗教の信仰の父として慕われているアブラハムの歩みを検証しながら、信仰の歴史的教訓を受け継いでいきたいと思います。


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