2015年04月18日

創造目的

統一教会
金 雨植
<原理復興会講話集2 P.76~80>
 きょうは、神の創造目的について考えたいと思います。

 神様は、なぜ被造世界を創造されたのでしょうか。『原理講論』、聖書を見れば、神様の創造の話が書かれています。

 創世記1章には、一日目に光を創造され、創造が終わったときに「良し」とされたと記録されています。さらに、上の水と下の水とを分け、陸地と海に分けて「良し」とされ、また星、太陽、月をつくって「良し」とされたと記録されています。創造が終わるごとに、神はそれを見て「良し」とされたと記録されているのです。

 神様は自分の創造した内容をご覧になって、善の対象ができたことを喜んで「良し」とされました。神の喜びが表現されているのです。それを見ると、神様は自ら創造された被造物が善の対象となることを願われたことが分かります。神様が被造世界を創造された目的は、対象が善の対象となり、喜びの対象となるためであったわけです。 それでは、被造物がどのようにすれば、神に一番喜ばれるのでしょうか。

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2015年04月11日

訓読会の伝統に立つ者になりましょう

統一教会
 藤田敬三
 <2011 春季 牧会者説教集>

訓読:天地人真の父母定着実体み言宣布天宙大会のみ言から
 「皆様、真の父母様は、すでに人類のための遺言を準備し、残しました。一生に6度、7度も生死を行き来する獄苦を経ながらも勝利し、準備した遺言です。永遠なる人類の教材、教本として8種類の本を残しました。冊数としては1000冊を超える分量です。『文鮮明先生み言選集』、『原理講論』、『天聖経』、『家庭盟誓』、『平和神經』、『天国を開く門 真の家庭』、『平和の主人、血統の主人』、『世界経典』、以上の8種類の書籍です。これらの教本は、皆様が霊界に入っていっても読み、学ばなければならない本です。決して人間の頭脳から出てきた言葉や教えではありません。天がかわいそうな人類を救援するために下さった天道を教える教本だからです。
 皆様は、今からまず皆様の家庭から上記に列挙した教材・教本を中心として訓読会の伝統を立てなければなりません。一つの家族三代が新しい一日を始めるに当たって、まず天のみ言を訓読し、新しい心で訓読の人生を実践する伝統を立てなさいというのです。霊界と肉界が同時に真の父母様に侍り、同じ天道のみ言を毎日訓読する世の中をつくろうということです。このようになれば、いくらサタンが皆様の血統に乗じて蠢動するとしても、訓読会の伝統の前では立つ場がなくなるのです。
 正午定着的基準で影のない人生を生きていくそのような家庭に、神様の祝福が下らないとすれば、だれに下さるというのでしょうか。このような天の家庭がこの地に満ちるとき、この地球星は自動的に『One Family Under God』のみ旨が完成した地上・天上天国となるでしょう」
 「ここまで来れば、『一人の人間として、万人の祝福の中で自らの人生を振り返り、満足して余生を楽しむ資格がある』と称えることでしょう。『あらゆる重荷をすべて下ろして、もう思い残すことなく“人生90年の成功”を誇って暮らしなさい』と言うでしょう。しかし、私たち夫婦の生涯は、世俗的な目で見るそのような次元の人生ではありません。人類の縦的真の父母であられる神様の印を受け、実体真の父母の使命を完遂しなければならない私たち夫婦は、今、実体の天一国完成までの最後の3年を残し、いつの時よりも深刻な日々を生きています」

 きのう(2010年12月4日)、韓国・ソウルにおいて天地人真の父母定着実体み言宣布天宙大会が行われました。真のお父様は、天一国創建の日、神の国実現の日が必ずやってくる、必ず成ると宣言されました。準備はすべて整い、あとは私たちが責任を果たすだけだと語られました。
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2015年04月03日

神様 ! 為に生きさせてください

小椋.JPG統一教会
小椋勝美
<2012 夏季 牧会者説教集 P.138~144>

訓読:『天聖経』「地上生活と霊界」第1章有形・無形世界における人間の存在(p.568〜569)より

 「真の愛とは、何でしょうか。自分の生命以上の投入をしなければなりません。生命以上の投入をしない所には、真の愛はありません。生命以上に投入するところから真の愛が成立します。真の愛が成立しなければ、永生はないのです。

 なぜそうなのでしょうか。皆さんがサタンの血を、サタンの血統を受け継いで生まれたからです。それで、聖書には、『「心をつくし、精神をつくし、思いをつくして、主なるあなたの神を愛せよ」。これがいちばん大切な第一のいましめである』(マタイ22:37、38)とあります。

 この言葉の意味は何でしょうか。心を尽くして、思いを尽くせと言ったのは、生命までも懸けなさいということです。これが第1の戒めです。

 第2の戒めは、『自分を愛するようにあなたの隣人を愛せよ』(マタイ22:39)ということです。『隣り人を自分を愛するように愛せよ』というのはどういうことでしょうか。生命を懸けて愛しなさいということです。生命を投入しなければいけません。

 なぜ、生命を懸けなければいけないのでしょうか。第1は、サタンを屈服させることができず、第2は、サタンの環境から抜け出すことができず、第3は、サタンの血統から抜け出すことができないからです。サタンの環境から抜け出すことができるとしても、サタンの血統は仕方がありません。真の愛は生命を超越するものです」


 「為に生きる」という言葉は、私たち統一教会の最も中心的な生活信条といってもいいでしょう。真のお父様は、絶えず私たちにために生きなさいということを教えてくださっていますし、私たちも、絶えず「為に生きる」という言葉を胸に日々生活しています。きょうは、日々の生活が本当に「為に生きる」としながら、為に生きていることになっているのだろうか、つまりそれが本当に自分の愛として実っているのだろうか、一緒に考えてみたいと思います。
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