2014年10月25日

人の子は滅びる者のために来られる

愛澤俊男統一教会
愛澤俊男
 <2012 夏季 牧会者説教集 P.129〜132>

聖書拝読:マタイによる福音書18章11〜14節
 「人の子は、滅びる者を救うためにきたのである。あなたがたはどう思うか。ある人に100匹の羊があり、その中の1匹が迷い出たとすれば、99匹を山に残しておいて、その迷い出ている羊を捜しに出かけないであろうか。もしそれを見つけたなら、よく聞きなさい、迷わないでいる99匹のためよりも、むしろその1匹のために喜ぶであろう。そのように、これらの小さい者のひとりが滅びることは、天にいますあなたがたの父のみこころではない」

 先日、ある方の家を訪問した時に感じたことです。

 昨年3月11日に東日本大震災が起きて、死者・行方不明者が2万人近くに上りました。津波によって一瞬で2万人もの人の命が失われたのです。こうしたことや、今の世界や国内の情勢を通して、多くの人が私たち以上に何かしらの不安感や恐怖感を抱いているといいます。

 仏教でいう末法、キリスト教では終末、世の終わりを感じさせられる出来事が次々と起こっています。

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2014年10月18日

今は本然の心情と創造性を解き放つ時

田中延幸.jpg統一教会
 田中延幸
 <2011 秋季 牧会者説教集 P.107~110>

訓読:
 「神様が人間を愛されるとしたなら、全天下が丸ごと屈服する愛であり、権威を下さるとしたなら、全宇宙が彼に従い、完全に頭を下げさせ得る権威です。そのような最高の愛と最高の権威を考えて人間に責任分担を下さったのです。

 神様は、どうして人間に責任分担を下さったのでしょうか。全知全能なる方なので、その全知全能な創造性までも賦与し、また永遠不変な愛の主体であられるので、その愛の主体を代表できる位置に立てるために責任分担を下さらざるを得なかったのです。これは福の条件になるものであり、全体を占領できる一つの鍵のようなものなので、これを下さらざるを得なかったのです。しかし、この責任分担が問題になり、堕落したということを私たちは知らなければなりません」(『天聖経』「罪と蕩減復帰」第一章 蕩減・復帰原理の根拠 から)

 「私たちの先祖アダムとエバは、神様の愛の懐で育ち、神様の至聖、至大な愛の心情のもとで育てられました。しかし、いくら育つ姿がかわいくて、暮らす環境が自由だったとしても、彼らがもっていないものがあったのですが、それは何だったのでしょうか。許諾してくださった万物がなかったわけでもありません。使いがいなかったのでもありません。それは、アダムとエバが神様の息子、娘になり得る心情の因縁を結べなかったということです。それが恨です。

神様が無限の創造の理念とともに享受し得ることができる希望の世界を立てられ、アダムとエバによって天下万象が自由自在に主管される姿を見て喜ぼうとされたのは、彼らを愛しておられるためだったのです」(『天聖経』「天一国主人の生活」第一章 創造の原動力は神様の真の愛 から)


 よく世間では、人間には、現在発揮している能力以上の潜在能力があると言われますが、皆さんはご自身の中に、まだ眠っている潜在能力があると信じていますか?あるとしたら、どのような能力であり、どのようにすれば、それが引き出されるとお考えですか?


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2014年10月11日

真の父母の働き手

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 市原和幸
 <2011 秋季 牧会者説教集 P.65〜68>

 訓読:『平和を愛する世界人として』第7章「グローバルリーダーは世界を懐に抱く人」より

 「今は『地球村』という言葉さえ昔の言葉になりました。地球はすでに一つの生活圏です。人生の目標が、大学を出て月給をたくさんくれる会社に就職し、安定して生きていくことだとすれば、小犬くらいの成功を収めるようになります。しかし、アフリカの難民救護に命をかけて取り組めば、虎のような成功を収めるでしょう。どちらを選択するかは各自の心にかかっています。

 私は今も世界を飛び回っています。一日も休む時間がありません。世界はまるで生きている生物のように絶えず変化し、問題を引き起こします。私は、そのような問題のある、暗くて奥まった所を訪ねて回ります。私が訪ねていく所は、景色がよくて楽な所ではありませんが、私は暗くて、大変で、孤独な所で幸福を感じます。

 私は、皆さんの国から本当の意味のグローバルリーダーが出てくることを願います。国連を導いていく政治リーダーが出てくることを願い、紛争地域の争いを防いでくれる外交リーダーが出てくることを願います。道端を徘徊して死んでいく貧しい人たちの世話をするマザー・テレサのような救いのリーダーが出てくることを願います。また、私のように、人々が顧みることのない土地と海を開拓し、新しい世界を広げていく平和のリーダーが出てくることを願います。夢を持って志を立てることがそのスタートです。冒険心と開拓精神を持って、人が夢見ることのできないような夢を持ち、意味のある志を立てて、人類のためのグローバルリーダーとなることを切に願うものです」


 真の父母様は、7月17日にアフリカのナイジェリアで大会を行う予定になっています。今年ナイジェリアの大統領に就任したグッドラック・ジョナサン大統領は、過去に平和大使の任命を受けていました。平和大使である立場で現職の大統領となり、真の父母様を国賓待遇で迎える大会は初めてです。米国大陸会長である梁昌植先生の報告によると、ナイジェリアだけではなく、アフリカ10カ国の大統領からお父様を招請するという公式的接触があったそうです。そして今回のお父様の訪問が全体的な天の摂理的方向へアフリカやナイジェリアが転換される契機になるであろうと言われています。

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2014年10月04日

礼拝生活

朴  永奉.jpg統一教会
朴 永奉
<2011 夏季 牧会者説教集 P.150~156>

 本日は礼拝生活について考えてみましょう。ヨハネによる福音書を参考にしながら、礼拝についてまとめてみました。

 ヨハネによる福音書4章24節に「神は霊であるから、礼拝をする者も、霊とまこととをもって礼拝すべきである」とあるとおり、礼拝は、心を中心として、霊人体を中心として、行わなければなりません。

 また同じ章には、イエス様がサマリヤという地域に行って、ある女性と出会う場面が出てきます。そこで、このようなやりとりがありました。

 「女はイエスに言った、『主よ、わたしはあなたを預言者と見ます。わたしたちの先祖は、この山で礼拝をしたのですが、あなたがたは礼拝すべき場所は、エルサレムにあると言っています』。イエスは女に言われた、『女よ、わたしの言うことを信じなさい。あなたがたが、この山でも、またエルサレムでもない所で、父を礼拝する時が来る。あなたがたは自分の知らないものを拝んでいるが、わたしたちは知っているかたを礼拝している。救すくいはユダヤ人から来るからである。しかし、まことの礼拝をする者たちが、霊とまこととをもって父を礼拝する時が来る』」(ヨハネによる福音書4章18〜23節)

 今、その時が来て、私たちはこのように礼拝を行っています。今は霊とまこととをもって礼拝をする時代です。
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