2014年07月26日

神と主の願い

久保木01.jpg統一教会
初代会長 久保木修己

一九六七年五月二十八日

 イエス、ベタニヤにて癩病人シモンの家に居給ふ時、ある女、石膏の壷に入りたる貴き香油を持ちて、近づき来り、食事の席に就き居給ふイエスの首に注げり。弟子たち之を見て憤ほり言ふ『何故かく濫なる費をなすか。之を多くの金に売りて、貧しき者に施すことを得たりしものを』イエス之を知りて言ひたまふ『何そこの女を悩すか、我に善き事をなせるなり。貧しき者は常に汝らと偕にをれど、我は常に偕に居らず。この女の我が體に香油を注ぎしは、わが葬りの備をなせるなり。まことに汝らに告ぐ、全世界いづこにても、この福音の宜傅へらるる處には、この女のなしし事も記念として語らるべし』。
                      ──マタイ伝第二六章六〜一三節──


先生をお迎えするに際して
 先生を日本の地にお迎えせんとするこの時に、自らの良心、理性において深く、厳しく自己を見つめてみると、何ともいえない悲しい思いが、また寂しい苦しい思いが急激に襲ってくるのであります。一方それとは逆に、良い点においては、かつて味わったことのない素晴らしい現象として、素晴らしい内的な思いが我々の中に起こってきます。

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2014年07月19日

神様の愛を受け継ぐ「祝福」

能田一則.JPG統一教会
能田一則
 <原理復興会講話集1 P.88~91>

 きょうは「祝福」ということでお話ししてみたいと思います。

 統一教会で「祝福」と言えば、何を意味していますか? 「祝福」ということは、恵みがあるということですね。ブレッシング、すなわち結婚を指しています。

 しかし本来は、祝福は神様の三大祝福すべてを意味します。「生めよ、ふえよ、地に満ちよ、地を従わせよ。また海の魚と空の鳥と地に動くすべての生き物とを治めよ」。第一祝福は個性完成。第二祝福は子女繁殖、家庭完成です。第三祝福は万物主管、天国完成です。

 その神様の三大祝福を、結婚という意味での祝福、すなわち第二祝福、家庭完成を中心的に指しているのには訳があります。


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2014年07月12日

私を導くための真の父母の愛の道

盧明燮統一教会
 盧明燮
 <2011 夏季 牧会者説教集 P.68~72>

 真の父母の私たちに対する真の愛とは、どのようなものなのでしょうか。そして、真の愛に従っていく私たちの責任とは何でしょうか。

 堕落した私たちは、サタンにいつも負けてきました。そんな私たちを救い出すため、人類が背負っている苦難、苦しみ、痛みを、真の父母様はすべて歩まれました。私たちが壁のように取り除くことができなかった苦しみ、悲しみ、さまざまな試練……。父母様はすべての闘いに勝利されました。それが父母様の生涯の路程であり、お姿です。

自分の中のサタンを見る(蕩減革命=信仰革命)
 真の父母を迎えるために、そして真の父母に侍り、従って、さらに成長するためには、サタン分立路程を行かなければなりません。私を支配しているサタンを見なければ、それを取り除くことができません。自分自身を見なければ、サタンを分立して創造本然の姿を取り戻すことはできないのです。そして、真の父母の行かれる方向を見るのです。見なければ、ずれてしまいます。真の父母の方向を見ずして、サタンを取り除くことは、あり得ません。そういう意味で、祝福前も、祝福後も、私自身を見つめることが必要です。

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2014年07月04日

天一国時代の生活

愛媛・新居浜・河教会長.jpg統一教会
 河 弦杓
<2011 秋季 牧会者説教集 P.121~125>

 私たちが人生を生きていくなかで一番重要なものは何でしょうか?人生で一番大切なものは何でしょうか?

 人間において一番重要なことは「幸福」です。

 食事をするのも幸せのためであり、勉強するのも幸せのためであり、結婚も幸せのためであり……。ある意味、全ての人々の欲望を一つにまとめてしまえば、「幸福になりたい」と表現できます。

 真の父母様のみ言によれば、人類歴史の中で人間が幸福を追い求める過程は、三つの段階を通過してきたと言われています。

 一番目は「物情時代」と呼ばれるものです。日本の歴史においても今から200年前、坂本龍馬が登場する少し前の時代、その当時は食べるものが不足している時でした。おなかいっぱい食べられていたでしょうか? 食べるために戦いくさもするし、けんかもするし、もっと食べようと……そのために戦いがありました。日本史でもそうですし、世界史でもそうですが、食べるものが関係しながら発展してきたと見ることができます。食べるためなど、物を得るために苦労してきた時代を父母様は「物情時代」と言われます。そのような時代は人間が万物を追い求め、幸福を得ようとする時代でした。
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